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無垢の人質 第7章 (3) 


* * *

翌朝、目が覚めたイサベラは、やっとの思いで寝室内の便器にたどり着き、胃の中に残っていたものを吐き出した。そもそも、ほとんど残っていなかったのではあるが。

「ということは、レオン・ドゥ・アンジェが放った矢が的中して、育ってるわけね」

その声を聞いて、イサベラは後ろを振り返り、驚いて目を見開いた。窓のそばには、贅沢なドレスをまとったマリイが座っていた。

マリイの黄色がかった瞳に悪意に満ちた勝利感が浮かんでいる。イサベラは恐怖に腹がわななくのを感じた。

「出て行って」

イサベラは平静さを装って言い放った。「あなたが父上の城にいる理由など、私はどうでもいいの。私のそばにまとわりつかないでください」

マリイはゆっくりと石床を歩きイサベラに近づきながらつぶやいた。「ひょっとすると、どうでもいいことってことじゃないかもしれないわよ」

柔らかな指が近付いてきて、イサベラの繊細な顎のラインを優しくなぞった。イサベラは恐怖でたじろいだ。ごくりと唾を飲み込み、こみ上げてくる吐き気と戦い、マリイから顔を背けた。

「この城は父上のものです。あなたには何も言う権利はないわ」

「お前の父親が婚約し、そうでなくなったのは、お前にとっては残念だったねえ」

「父上がそんなことを…」 イサベラは最後まで言えなかった。驚いてマリイを振り返りつつ、恐怖から深緑色の瞳を大きくさせた。「あなたは、昨夜の晩餐会にもいなかったではないですか」

マリイは片眉を吊り上げて言った。

「お前との再会は、二人っきりでしたかったのさ。お前を驚かしたかったからね… お前も、自分が行ったことを私が忘れるとは思っていなかったはずだよ。お前は、脚の間にあるものを使ってレオンをたらしこみ、私を彼の城から追い出させたのだよ。お忘れかい? やっと生きていけるだけの、ほんのわずかのお手当だけで、追い出されたんだよ?」

「本当は、そんなことではないはず… 私は知らないけど…」

「イサベラ? そんな可愛らしい無邪気そうな瞳で、私に嘘をつくんじゃないよ。私は、お前が根っからの淫乱女だというのは見抜いているのさ。お前さえ出しゃばってこなければ、レオンは私と結婚していたはずなんだから」

「あなたはレオンの義母なのに…」 イサベラはうろたえて、つぶやいた。

マリイは、イサベラのスリップの細い肩紐の下に爪を差し入れ、彼女の肩からそれを滑り落とした。イサベラは、わなわなと唇を震わすが、絹のスリップの布地が滑り落ち、小さなバラ色の乳首をした胸があらわになるのだった。恐怖で荒く息をするたび、その肉丘がぷるぷると震えた。

「父にあなたと結婚する約束をさせるために、あなたはどんなことをしたのですか?」 イサベラはつぶやいた。マリイの気を逸らそうとしてのことだった。

「アハハハハ…!」

マリイの甲高い笑い声が、床に落とし砕け散ったグラスの破片のように耳に響いた。

「お前の父親は、レオンがお前を修道院から誘拐したことすら知らなかったのさ。お前を誰が奪ったか、それに、レオンがお前にどんなことをしたか、それを聞いた時のお前の父親の驚きと、怒りを想像してみるがいいさ」 マリイは目を輝かせて、身体を小刻みに震わせた。

「父の手下が城外に出て、町やその外でレオンを探索しているのです。あなたはレオンを愛してると言っている。それなのに、レオンの死もあなたの計画に含まれるのでしょうか?」 イサベラは堰を切ったように言った。

マリイのアーモンドの形の目に憎悪の炎が燃え上がった。

「お前は私に歯向かえる立場にはいないのだよ。お前の父親は、敵の男の子供など決して生かしておかないだろうさ。たとえ、その子を身ごもっているのが、自分のまな娘であろうとも」

「マリイ… そんな… お願い…」 イサベラは小声で懇願した。彼女の顔からは血の気が失せていた。


[2010/02/16] 本家掲載済み作品 | トラックバック(-) | CM(0)

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