Out in the Open 「明るみに」
「分かってたわ!」 予想してなかった、姉の声がした。顔を上げると、バスルームのドアのところに姉が立っていた。両腕を組んで、嫌な笑みを浮かべてる。「分かってたんだから!」
何とかこらえたけど、思わずうめき声が出そうになった。姉がいきなりバスルームに来て、全裸のあたしを見たからではない。あたしはもともとちょっと露出好きなところがあるので、裸を見られても、そんなに気にはならない。裸を見られて、ちょっと嫌な感じはするけど、それでイライラしたりする(参考)ことはないだろう。でも、姉があたしのことを他の人にバラすかもしれないと、ちょっととは言えないほど不安になった。ああ、あたしが姉の元カレと一緒にシャワーを浴びてたことを考えれば、たぶん、その不安感は当たり前すぎる不安だったと思う。
自己弁護させてもらえれば、この事態は、あたしが計画したこととかではない。そんなことはするはずもない。単に、姉とジェームズが別れたすぐ前に、彼があたしの部屋に不意に入ってきて、あたしの秘密の女装趣味を発見したことがきっかけだった。ジェームズは、あたしのことを変な目で見るかと思いきや、むしろすっかり夢中になってしまい、その時を境にして、時々、彼はあたしとベッドを共にするようになったのだった。姉が彼を捨てた後は、一層、そうすることが増えていた。
「ちょ、ちょっと勘違いしないでくれよ」とジェームズはあたしを指さして、「これは全部、彼女のせいなんだ」
「彼女ですって?」と姉は金切り声を上げた。「アレックスは男よ!」
「もはや違うわ……というか、今や、あたしのおっぱいの方が姉さんのより大きいことに気づいてないの?」
それは本当のことだ。あたしは正確には豊満な胸をしてるわけじゃないけど、姉は昔から平らな胸を気にし続けてきていた。1年近くホルモンを摂取してきたこともあり、今はあたしの方がずっと大きくなっていた。もっと言えば、最大限に謙虚に言っても、あたしの方があらゆる点で姉より可愛いと言えると思う。多分そういうわけで、ジェームズは姉よりも、はるかにずっとあたしのことを大好きになったのだろうと思う。
「な、なによ!……このアバズレ!」 姉は叫んだ。「パパとママに言うから待ってなさい! あんたは終わりよ。パパもママもあんたとは縁を切るでしょうよ……そして……そして……うわん!」
姉は、不満の持って行き場をなくしたように両腕を掲げながら飛び出していった。数秒後、玄関ドアがバタンと閉まる音が聞こえた。その音は、姉がアパートから出て行ったことを告げていた。
「ドアのカギを交換しなくちゃ」あたしはそうつぶやき、その後、ジェームズに視線を向けた。「で、本当なの? あなたは、本気で、あの時、屈してしまっただけだったの? 全部、あたしのせいだと?」
ジェームズはおどおどとした笑みを浮かべた。「ああ言うほか思いつかなかったんだよ」
あたしは呆れたと言わんばかりに目を剥いて見せた。「まあどうでもいいわ。で、あたしたちどこまでいってたっけ?」
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To the Victor 「すべては勝者に」
「そんな目で見ないでよ。これは自分で招いたことでしょ? 分かってるはずよ」
「全然、罪悪感を感じていないのか? 僕を無理やりこんなふうにしたくせに……」
「無理やりですって? コーディ、それって強い言葉よ? あたしとしては、あなたに選択肢を提供したと考えたいところね。あなたに選択の余地を与え、そのうえで、あなたは自分にぴったりの選択肢を選んだと」
「選択肢だって? お前が僕に与えたことを選択肢って呼ぶのか? 僕には選択の余地などなかったよ。お前はそれを知っててやったんだ! こうでもしなければ、僕はすべてを失っていた!」
「ちょっと面白い思考実験だと思うけど、こういうのを考えてみて? あなたは、自分の本質部分をあきらめるけど、富と贅沢な生活は保持し続ける。そういうのと、あなたは自分の本来の在り方にしがみついたまま、これまでの血のにじむような労働の果実は手放すことになる、という選択肢。正直、あなたは後者を選ぶと思っていたわ。でも、実際はあなたは前者を選んだ。それを知って、あたしすごく満足したの。だって、かつてのあなたがどういう人間だったかを思うと、その選択って、なお一層、美味しい結果だったと思わない?」
「恨んでやる」
「ずっと前からこうなるのは避けられなかったのよ、コーディ。あなたがあたしに自分のオンナになれと脅迫したときからずっと、あたしとあなたは対立することになってきたの。そして、その戦いで勝利を収めたのがあたしであり、戦利品は勝者のものになるというだけの話。その結果、この素敵な写真撮影になったわけだし、後々、今のあなたについてベールをはがすことになるということ。ほんと、どうなるかしらね? 卓越した独身男性の一人と思われていた人が、実は女性になっていましたって発表されたら、世間はどんなふうに思うかしら?」
「お笑いの的になるだろうさ」
「多分ね。あるいは、ひょっとすると世間からすごく応援してもらえることになるかもしれないわよ。元オリンピック選手のケイトリン・ジェンナー(
参考)みたいに。あんなキモイ人ですら世間に受け入れられるとすると、あなたが受け入れられるチャンスもかなり高いかも。でも、正直に告白すると、その予想、間違っているといいなと思ってるわ。あなたが世間に滅茶苦茶に誹謗中傷されるといいなと思ってるの。みんなにあざ笑われるといいなと。……だって、みんながあなたのこと可愛いとか綺麗とか言ったら、大した懲らしめにならないでしょ? そう思わない?」
「じ、地獄に落ちろ……」
「あら、やだ。まずはあなたからよ、地獄に落ちたのは。これが、あなたにとっての地獄だから。ちょっと可愛らしい形の地獄。これから何年も、何年も、この地獄の中でのたうち回るといいんじゃない?」
Perfect 「完璧」
「お願いだからシャツを着てくれないか? その……君のそれ、気が散ってしょうがないんだ」
「あ、いや、ごめんね。あたしのこのおっぱい、自慢にしていいってメーガンは言ってるんだよ。あなたは、これ、好きじゃないの?」
「え? 当たり前だよ! あ、いや、そんなことないって言うべきか。ああ、もう……俺、この状況に、すごく動転してるんだ。君は、本当に、すべてが今のようになってしまってオーケーなのか? 俺は……」
「オーケーどころか、それ以上だよ。今の状態がすごく気に入ってる。前に比べて、ずいぶんちやほやされるようになってるんだから!」
「で、でも……君は一度も……こういうことが始まる前は、君が……分かるだろ……君が女になるなんて、ほのめかしすらしなかったじゃないか。俺、どうしても、メーガンがキャロルと一緒になれるように、君のことを操って、こういう状態に変えたんじゃないかって思わずにいられないんだ。俺は、君がどんなことであれ、自分自身で望んでないことをさせられたりするのを見てられないんだよ」
「あたしのことをそんなに心配してくれるなんて、本当にやさしいのね。でも、あたしは大丈夫よ。これこそ、あたしが求めていたことなの」
「本当なんだね?」
「そう思ってるけど? ちょっとぼんやりしてる感じはするけど、でも、みんながハッピーになってくれたらいいなと思ってるだけなの。メーガンとキャロルにふたりが愛し合ってると言われたとき、こうなることがベストだなって思えたの。だって、あなたには、してほしいことを何でも喜んでする女性をゲットでき、それと同時にメーガンとキャロルは一緒になることができる。誰も損はしないでしょ?」
「でも君は女性じゃない……」
「今は女性よ。あなたが女性に求めている体の特徴をしっかり備えていると思うわ。キャロルほど可愛いわけじゃないのは分かってる。でも……」
「そんなことないよ! 君は最高だよ。完璧だよ、たとえ……」
「よかった! 本当に良かった。あたし、あなたがあたしを欲しないんじゃないかって、すごく心配していたの……でも今は、できるわね……あたしたちずっと一緒でいられる。あたし、あなたが求めることならどんなことでもしてあげる。あたしにしてほしいことを教えてくれるだけ……それだけでいいのよ」
「俺は……多分、後悔することになるだろうと分かってるんだけど、でも……もう、我慢できないよ。俺と一緒に寝室についてきてくれないか? そして、この状況をはっきりさせることにしよう」
Two Birds 「一石二鳥」
「こんなのとんでもない考えだよ。君もそう思っているんだろ?」
「何? いや思ってないよ。なんでそんなこと言うんだ?」
「こんな考え、狂ってるってことの他に?」
「ドラマのヒロインみたいなこと言うのやめろよ。この手のことはどこにでもあることだよ」
「映画を含めるなら話は別だけど、こんなことそうどこでもあることじゃないよ。それに、映画を含めたって、君が思ってるほど、普通のことじゃないよ。『ミセス・ダウト』(
参考)なんてずいぶん前の映画だし」
「そうか? 『トッツィ』は? 『ビッグママ・ハウス』は? 『プリティ・ダンク』も。いくらでも挙げることができるよ」
「まず第一に、そういう映画は1本を除いて、全部ひどい映画だ。第二に、それと今回のことは全く別の話だということ」
「その通り。だって、実際、お前が自分から進んでやったことだしな。それにしても、お前、本当に最高だよ」
「ここで怒るべきなのか、感謝すべきなのか分からないが、そんなのどうでもいいや。その点に突っ込むつもりはないよ。僕が言いたいのは、そういう映画では、主人公が女装して、ちょっと人づきあいが下手な大学1年生を誘惑しようとしたりしていないという点。その点だけでも、そういう映画とはすごく違うことになるということ」
「俺の弟は人づきあいが下手と言ってるわけ? あいつはただの恥ずかしがり屋なだけだよ! それに、弟には、ちょっとでいいから気がある人がいるかもって示してやるだけでいいって点ではお前も俺も同じ意見だっただろ? あいつはマジで可愛いやつだし……」
「それなら、君のガールフレンドたちに頼めばいいことだって、言ったよね? どんな娘だって僕なんかより適任だと思うのに」
「それについては何千回も言ったよね! 弟は……あいつは……男の娘が好きなんだよ。分かってるだろ? そっちがすごく好きらしいんだ。つか、弟のネットの履歴は全部そればっかり。それに、そういう役割を演じる準備をしたがってるのは、他ならぬお前だろ? カメラの前でトランスジェンダーの女を演じる練習をするのに、現実にそういうのを演じるより良い方法ってあるか? お前はメソッドアクター(
参考)だと思ってたけど?」
「その通り。僕はメソッド役者。つか、今回のことについて僕が用意した筋書きのことを忘れたんじゃないのか? あの食事制限やらエクササイズやら、何もかも……」
「お前も、そういう努力が無駄になってしまうのは嫌だろ? だからさあ、やれよ。これが自分のためになるって分かってるだろ? それに、これをしてくれたら俺は本当に助かるんだ。一石二鳥だよ」
「どうでもいいけど。でも、もし彼が……もし、事態が変な感じに変わったら、僕は抜けるからね。これに関しては、質問はなし、で」
「ああ。分かった。もちろん。必ずそうするから」