アンジーはふざけ気味に僕の腕を軽く叩いて、「仕事の続きがあるんでしょ?」 と言い、立ち去りかけたが、ふと振り向いて、続きを言った。
「ちょっと待って。あなた、ここで何をしてるの? あなたたち週末は休みのはずと思ったけど? 週40時間以上働いたら、それ以上は無給のはずよ」
「スタントンさんに、この仕事を早急にしてくれと言われたんですが、昨日中に仕上げるのが無理と分かったので、今日もしようと思ったんです」
「それじゃあ、自分の時間を使って仕事をしているわけね。とても誠実なのね」
そう言って彼女は振り返り、仕事をしていた書棚の列へ戻っていった。僕はどうしても、彼女のセクシーなお尻に目を引かれた。左右に悩ましく振りながら歩いて行く。
それを見ながら、彼女と愛し合えるとしたら、どんな感じなのだろうと思った。だが、僕には彼女に近づけるチャンスなどまったくないのも分かっていた。第一に、僕が耳にした噂が本当なら、アンジーは男が好きではないらしい。他の人から、彼女はレスビアンで男嫌いなのだと聞かされたことが何度もある。それに、アンジーは、会社の女王様のような存在でもあった。数多くの訴訟で勝利をおさめてきたので、今は、彼女が望むことを何でもできる力を持っている。
もうひとつ、僕が彼女と釣り合わない点として、僕の容姿があった。僕は彼女より背が低い。ものすごく低いというわけではないが、低いことには変わりない。それに僕はとても痩せている。何を食べても全然太れない人がいるが、僕もそういう人間だ。ずいぶん、がんばってもっと立派な体になろうとしてるんだが、無理だった。
あーあ、と羨望のため息をつき、僕は仕事を仕上げるため、コピー機に向かった。
正午前、僕は仕事を終え、帰る準備に入っていた。使用した本を元の書架に戻し、戻ってくるとき、再びマクドナルドさんとすれ違った。彼女はこの暑さにずいぶん参っているのが見て取れた。シャツが汗でびっしょりになっている。まるで誰かにホースで水をかけられたみたいに。それに、何か分からないけど、すっかり途方に暮れているようにも見えたので、僕は訊いてみた。
「マクドナルドさん、何か探しものですか? 手伝いましょうか?」
彼女は笑顔になって答えた。魅力的な笑顔だった。
「どうやら、私、途方に暮れた顔をしているみたいね。この暑さのせいか、私の頭が混乱してるせいか分からないけど、探し物が見つからないのよ。でも、あなたは今日は無給でここにいるのは分かってるわ。だから、自分の仕事を仕上げて」
「僕はもう終了しました。それに今日は、もうどこかに行く予定もないし。お手伝いしても、ほんとうに構わないんですよ?」
考えてみれば、上司におべっかを使ってもまずいことはないと言えたが、正直、その時は、そういうことは考えていなかった。
「本当に大丈夫なら、手伝ってくれると本当に助かるわ」
彼女はそう言って、僕に何を探しているか伝えた。
コンピュータをチェックし、彼女が求めているものの参照文献を検索したら、すぐに、目的の文書を見つけることができた。それに、彼女が調べている判例に関係がありそうだったので、参考までにと、他の判例集を3つ教えてあげた。午後の4時には、彼女は必要なものをすべて揃え、僕たちは二人とも作業を終了した。