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無垢の人質 第8章 (3) 


~ * ~

イサベラは、レオンが父の居城の深部に通じる秘密の通路を発見していたと知っても驚くべきことでもないとは分かっていたが、それでも、どうしても驚いてしまうのだった。レオンは、イサベラの部屋の奥の壁を覆っていた大きな埃っぽいタペストリーを捲りあげ、石壁を押し、その奥の狭い通路をあらわにした。それを見て、声にならない驚きのため息を漏らすイサベラだった。

「どうやって?」 イサベラは、ゆっくりと暗い通路を進むレオンのリネンのシャツをつかみながら尋ねた。

「お前の父親は、この城に住んでいた家族を殺し、城を乗っ取ったとき、ひとつ過ちを犯したのだ。家族の執事を生かしておいたという過ちだ。その執事は、俺の名前を知り、俺に近づいてきた。そして、城の秘密を教える代わりに、お前の父親を殺してくれと約束させたのだ」

「どうして、その執事は助けを国王に求めなかったのです?」 イサベラは、父親の行動の卑劣さを理解しようとしながら、無邪気に尋ねた。

「お前の父親は、その執事の妻と娘たちを人質として地下牢に閉じ込めていたのだ」

イサベラは、執事とその家族が味わったに違いない恐怖を想像し、体を震わせた。

「レオン、私は戻らなければいけません。その人たちを解放しなければ…」

「彼らはもう自由の身になっている。俺自身でしたから確かだ」 レオンの声は、それはすでに片付いたこと、これ以上、考える必要はないとでも言いたげな声の調子だった。

それでもイサベラは、レオンが自分の部屋に忍び込んできた夜のことや、父の馬が逃がされたことなどの断片的な出来事を考えた。それをつなぎ合わせると、レオンがその執事の求めに応じて取った行動だったのだと悟る。自分の命を危険にさらして約束を果たしたレオンに、イサベラは圧倒される思いになった。

レオンは、イサベラを抱えながら、手さぐりしつつ暗闇の通路を進んだ。いつまでも続く長い暗闇。だが、やがて通路は少し開けた雰囲気になっていた。頭上にはいくつも鉄格子が張ってあった。それを通して、月明かりが優しく差し込み、レオンの足もとを照らすようになっていた。

レオンは、その鉄格子の一つの下で立ち止まり、片手で横にずらし、隙間を作った。そして、イサベラを抱えあげ、その隙間の向こうへと押し出した。

地上に押し上げられたイサベラは、大地に立ちあがりあたりを見まわした。そこは木々の茂みの中だった。

彼女の前、林の向こうには、苔に覆われているように見える開けた土地が広がっており、満月の光を受けた木々の枝が、手の指を広げたような形の黒い影を落としていた。地面は湿って柔らかく、足の指が地面に食い込むような感じだった。空気も湿っている。

レオンも這い上がって彼女の横に立った。そしてイサベラの手を握った。

イサベラは、横で何かが動く気配を感じ、レオンにしがみついた。

「心配ない。あれは俺の手下たちだ。お前に危害は加えない」 とレオンは手をイサベラの背中にあて、優しくさすった。レオンの手下たちは静かに二人の周りに集まった。



[2010/04/01] 本家掲載済み作品 | トラックバック(-) | CM(0)

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