「ポルノ・クイーンの誕生」 第1章 Making of a Porn Queen Ch. 01 by Scribler
自分の人生を振り返ると、僕がどのようにしてこの転機を迎えることになったのか、見当がつかない。子供時代の生活は、僕と共に育った他の少年たちの大半と、そう異なったものではなかった。だが、結局は、僕の人生は急激な転機を迎えたのである。そのような転機を迎えた男の子たちの数は実に少ないと確信している。
母は、実に心暖かで愛情溢れる人だった。いつも僕に、自分が安心できる気持ちにさせてくれていた。自分が愛されていると自覚できていた。悲しいことに、母は僕が11歳の時に亡くなった。母は、酒酔いの運転手にはねられ、即死してしまったのである。
父は、母とは正反対の人間だった。母は父が僕を愛していると、常日頃、語ってくれてはいたものの、父は、母が死ぬまで、一度も僕に触れたことはなかった。母が死んだあと、父はほんの少しだけ僕に触れてくれたが、それはただの握手とか、背中を軽く叩く程度だった。
僕が10代の頃、荒れたことについて、たいていの精神科医なら、父のことを責めるだろうし、精神科医の言うことも大半は正しいだろうと僕も思う。それに、僕の方も父には従順ではなかったのである。僕は、父を怒らせようとばかりしていたし、その僕の試みは、極めて高頻度で成功したのだった。
僕は警察の厄介になるようなトラブルは決して起こさなかったが、それはどちらかといえば、運が良かったからであり、自分がそのような運に値する人間だとは思っていなかった。たいてい、どんなことも気にせず自由気ままに生活していた。高校は、ずっとDの成績で、かろうじて卒業できた。しょちゅう学校をサボっていたが、そのために卒業で大きな問題となる程にはサボらなかった。
高校の卒業後、僕は日中は家でごろごろし、夕方になり友だちと午前3時、4時まで遊びまわる生活になった。父は、そういう僕の状態に我慢してくれていたわけではない。卒業の2週間後、父は僕に究極の選択を迫った。仕事を見つけるか、家を追い出されてストリートで暮らすか。僕は小さな食堂のウェイターの職を見つけることができた。稼ぎはよくなかったが、職についたこと自体は、父が要求したことに叶ったことだった。
7月の末に、父は僕により大きな問題を持ちかけてきた。僕を座らせて、こう話したのだった。
「スティーブン、お父さんはバージニアの支店に転勤することになったんだよ。お前は9月までに、まずは、どこか住む場所を見つけなければならない。残念なことだが、これまでお前とのトラブルを考えると、お前を連れて行くことはどうしてもできないんだ。こうすることが、お父さんにとってもお前にとっても最善のことだと思う」
父は、部屋から出て行くとき一瞬、悲しそうな顔をしていた。
最初、父は冗談を言っているんだろうと思った。だが、家の前の芝生に「売家」の看板が立てられるのを見たとき、父が本気だと分かったのだった。父に考え直すように、そうでなくても、少なくとも僕を一緒に連れて行くように頼んだ。だが、父は、もうこれ以上、喧嘩や口論をするのは堪えられないと言うのだった。
本当にどうしてよいか分からなかった。僕には、大学進学に備えて信託資金があった。だが高校でのひどい成績からすれば、僕にはどの大学にも入れないのは分かりきっていた。大学に行けなければ、その資金は29歳になるまで降りないことになっていた。だが、僕が29歳になるのは10年後である。ウェイターの仕事では生活していくことはできないし、それより良い仕事につくこともできなかった。そこでも、高校での成績が僕に呪いのように災いしたのである。
2週間ほど絶望しつつ考えた結果、僕は軍隊に志願することにした。だが、それもうまくいかなかったのである。背が低く、痩せすぎであるというのが理由だった。実際、徴募官は、身長158センチ、体重40キロの僕を見て笑っていたと思う。それに肩甲骨まで伸びた髪の毛も良い効果をもたらしたとは思えない。7月の末には、すべての方策が尽きていた。あの、僕のお気に入りのお客さんが食堂に来るまで。
彼女は、僕がそこで働き始めた頃は、週に何回か店に来ていた。それから数ヶ月、ぴったりと来なくなったことも知っている。彼女はみんなのファースト・ネームを知っているようだったし、みんなも彼女のファースト・ネームを知っているようだった。
彼女トレーシー・モーガンは、多額のチップを弾む人だった。コーヒーを1、2杯飲むだけなのに、店を出る時には10ドル札をテーブルに置いていく。僕があの食堂で働き始めた最初の週は、彼女は僕が担当するテーブルには座っていなかったが、次の週には、僕のテーブルに座り、それ以来、いつも僕が担当するところに座るように心がけてくれていたようだった。