アンジーはスカートが飾ってある棚を見ながら言った。
「ジャック? もし着てみたいのなら、私の家系の色のを着てもいいわよ。あなたのウェストのサイズは正確にどのくらい?」
その時、僕は先へ進めるアンジーをとどめるべきだったと思う。だけど、この時の僕は、彼女にすっかりのぼせ上っていたのだった。それでも、一言だけ言ってみた。
「正直言って、僕はキルトスカートを履きたいとは思っていないんです。そもそも、僕はアイリッシュ系でも、スコットランド系でもないし」
アンジーは手にして見ていたキルトを落とした。「キルトを履くのに、なにもアイリッシュやスコットランド系でなくちゃいけないことはないのよ。でも、本当に履きたくないなら、別に強制はしないわ。ただ、何を身につけるかなんて、あなたが男性らしいかどうかとは何も関係ないと言うことだけは理解してほしいと思ってるわ」
「それは分かってるつもりです。ただ、そういうのは着る気にならないというだけです。キルトスカートを履いて居心地がよくいられるという自信がないというか…」
「でも、一度履いてみるまで、本当に居心地悪いかどうかは分からないんじゃない?」
振り返ると、こういう言い方も、アンジーが、僕に彼女が望むとおりにさせるときの決まった言い方だったと思う。
「ええ、その通りだとは思うけど…」
アンジーは見ていたキルトを取りあげた。「さあ、だったら、一度、試しに着てみたらどう? そしてどんな感じになるか確かめてみたら? もし、本当に居心地が悪かったら、いつでも脱いで構わないんだから」
僕が返事をする前に、アンジーは店員の方を向いて話しかけていた。
「ねえ、私の彼がこれを試着してみたいと思ってるの。どこか着替えができるところがある?」
僕はアンジーが僕のことを「私の彼」と言ったのを聞いてびっくりしてしまった。僕たちはそんなに親密な間柄になっているとは思えなかったから。でも、驚いた状態から覚める余裕もなく、僕は仮の着替え部屋へと連れられていた。
着替え部屋に入った僕は、とりあえず一度はキルトスカートを履いてみても良いかなと思った。そうして、アンジーに試着してみたと言えばいいのだから。
ズボンを脱ぎ始めたが、その時まで、あたりがずいぶん寒いことに気づかなかった。ズボンを脱いだとたん、寒気のため鳥肌が立つのを感じた。
キルトを履き、スナップを留めた時、外からアンジーが話しかけるのが聞こえた。
「ジャック? あなたに似合いそうなソックスを見つけたわ。中に入ってもいいかしら?」
入ってきてもいいと答えると、アンジーがカーテンドアの下からくぐるようにして中に入ってきた。僕の姿を見て言う。「とてもいいわよ。少なくとも、他の男と違って、ごつごつした膝をしてないのがいいわね」
それから彼女は一歩前に近づいてきて言った。「キルトで一番良いことは何か、知ってる?」
僕が頭を横に振ると、アンジーはキルトの裾をめくりあげ、中に手を入れ、トランクスの上から僕の分身を握った。そして邪悪そうな笑みを浮かべた。「…答えは、これがずっと簡単にできること」
彼女は僕の分身を優しく撫で続けた。それと同時に唇を僕の唇に重ね、舌を口の中に入れてきた。僕が完全に勃起するまでほとんど時間はかからなかったが、勃起した後も、彼女は2分ほどキスを続けた。「あなたのズボンとソックスをちょうだい。店員に紙袋へ入れてもらうから」
この時点で、僕はキルトを履くことになるのだろうなと諦めていた。だが、ともかく、面目を保とうと思い、反論してみた。「でも、僕は、これを着て居心地良いとはまだ言っていないんだけど…」
「もちろん、そうでしょう。だって、初めてのことだもの。本当にキルトを履いて馴染めるかどうかを知るには、しばらくの間、着続ける必要があるんじゃない? さあ、準備ができたら、外に出てきてね」
そう言ってアンジーは僕のズボンを拾い上げ、身をかがめて着替え部屋から出て行ってしまった。僕はキルトを履いて他人の前に出るほか道がなくなってしまった。前にも言った通りで、アンジーが何かさせようと決心したら、結局は、それに合わせなければいけないことになるのである。
勃起を鎮めるのに5分ちかくかかってしまった。その後、勇気を出して、着替え部屋から外に出た。エメラルド・グリーンのキルトスカートと膝までの黒いソックスを履いた姿だ。僕は、人々がその僕の姿を見て大笑いするだろうと予想していた。だが、実際は、笑う者など誰もいなかった。なんだかんだ言っても、その祭りに来ている多くの男たちと、あまり変わらない服装をしていたわけだから。
アンジーは、僕が着替え室から出てくるのを見たとたん、明るい笑顔になった。彼女の瞳がキラリと輝くのが見えた。彼女は僕に近寄ってきて腕をからませた。「それでこそ、私の彼氏よ! さあ、またお祭りの競技を観に行きましょう」
競技をいくつか、それに各部族の行進を見物した。その後、アンジーが僕に訊いた。「ねえ? どう? もうキルトを履いてても居心地悪くないんじゃない?」
「うん、まあ、大丈夫になってきてる。でも、まだ、ちょっと変な感じがしてる。ともかく、この、風が吹くのがおさまってくれればと、それを願うだけ」
アンジーは笑った。「うふふ… 今朝はキルトを履いていなかったのを喜ぶべきよ。ほんと寒くて、お尻が凍ったままになるんじゃと思ったくらいだから」
夕方5時になり、祭りは終わりにさしかかった。二人で駐車場へと歩き始めた。僕は彼女に訊いた。
「家に戻る途中、夕食を食べにどこかに立ち寄るつもり?」
「いいえ。家に戻ったらすぐに夕食を作ってあげるわ」 彼女は僕の腕にしがみつきながら答えた。
「でも、大丈夫? 今から作り始めるにしても、ずいぶん遅い時間になってるけど…」
「もう作ってあるの。家に戻った後、オーブンに入れて温めるだけ」
つづく