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初めて「リンガーズ」の店に行った体験は、僕にとって、まさに心に大きな影響を与える体験だったと言える。金曜の夜だった。のどかだった僕の世界が一気に崩れ去った日から二日後である。
それまで僕は女装者たちと接した経験はゼロだった。それが今、僕は、街でも最も有名な、あるいは悪名高い、高級ショー・ラウンジの中、趣味の良い装飾を施された狭い部屋で、そういう女装者たちにとり囲まれているのである。
最初に学んだことは、このような「女の子」たちは実に才能があるということである。確かに、大半のパフォーマーたちは実際には歌わず、ポップの有名女性歌手のレコードに合わせて口パクをしてるにすぎなかったが、それでも、視覚的な表現の見事さは圧倒的だった。そして「女装」の点に関して言えば、ここにいる偽の妖婦たちの美しさに嫉妬のあまり顔が真っ青になってしまう生物学的な女性は山ほどいることだろう。
例の女の子はすぐに見つけた。調査会社のディスクに映っていたのでよく覚えている。ラクウェル・ウェルチ(
参考)が自分のクローンを作っていたみたいなものだった。いま、その麗しいドッペルゲンガーは、バーカウンターのところで、背もたれの高いスツールにちょこんと腰かけている。誘惑的なストッキングの脚を見せつつ組み、無頓着な雰囲気を漂わせて客たちを何気なく眺めているところだ。僕には、彼女があの誘惑的な太ももの間に「場違いなモノ」を潜ませている姿を想像するのが困難だった。
僕は、何気なさをつくろいつつ彼女に話しかけ、会話を始めた。彼女の名前はダイアナ。ハイヒールを脱げば、彼女は僕と同じくらいの身長だろうと判断した。
何気なく会話を始めたとは言ったが、実際、内心では僕はこれ以上ないほど緊張していた。だが、最初に声をかけたとき、ゴージャスなブルネットの彼女は誘惑的に微笑み、僕と一緒に飲むことに簡単に同意してくれたのである。その一杯が数杯へと続いた。彼女は予想に反して驚くほど僕に無警戒だった。その理由は、この夜が更けるにつれて僕にも分かることになるのである。
この新しい知人を通して、僕はこの世界についてもう二つ新しいことを学んだ。ひとつは、彼女たちに対して「女装者」という言葉を使うことは、悲しくなるほど時代遅れであるということだった。ここにいる女の子の大半は、すでにずっと前に「女装」と「女性化」を隔てる一線を越えており、もうその線を逆向きに越えて戻ってくる意思を持っていないということである。ダイアナが、その好例であった。
もうひとつは、ここにいる女の子の多くが、人類最古の職業、つまり売春をして最低限の生活を営んでいるということである。というのも、まともな経営者が彼女たちを雇い、仕事をさせるとしても、それより意味のある仕事はないからと言える。
さらに数杯飲んだ後、僕たちは店を出て、「もっとプライベートな場所」に移って会話を続けることにした。そう、皆さんが予想なされるとおり、金銭のやり取りがあった。彼女の方は喜んで自分の時間を僕に分けてくれ、僕の方は、それに見合ったことを彼女にしてあげたかったということである。ダイアナは僕が提供した金銭の額を見ると、嬉しそうに微笑み、今夜はずっと僕のものにしていいわと言った。僕が求めていたのは会話だけ。しかもセックスに関する会話じゃない。ただ情報を集めたいだけなのだが…
僕はポケットから写真を出し、彼女に見せた。彼女は蔑むような顔でその写真を見た。
「ああ、こいつね…」 と彼女はフンと鼻を鳴らした。「ええ、この変態なら知ってるわ。2、3回、こいつとデートしたことがある。クラブの他の子たちともしてたけど。確かに、少なくともこの人は素質があるし、その使い方も知っているわ」
「変態?」 と僕はためらいがちに尋ねた。
本能的にスーザンの身の安全が心配になったからだ。彼女がしたことに腹を立てていたのは事実だが。
「あのねえ、みんな変態ばっかりなのよ。みんな、品格があって高潔で堅実な市民、地域の中心人物たち。でも、それは誰も見ていないところではがらりと変わるの。みんな、他の人と同じく、イヤラシイことが大好き。いや、普通の人以上にそうね。あの人たち、私みたいな女の子にもどっぷりハマるんだけど、『オモテの世界』にいる人には知られたくないわけ。私が知る限りでは、この男は、まだアレをお尻で受け入れたことはないと思うけど、私のお尻にするのは好きね… それに私のアレをしゃぶるのも大好き」
これは欲していた以上の情報だった。ジェフ・スペンサーのような誰もが認めるイイ男が、生物的に言えば男性であるとはいえダイアナのような美女を抱く。そういう光景を想像するのは、たいした難しいことではない。だが、あの「男の中の男」がペニスをしゃぶってる光景を思い浮かべるのは、かなり難しいことだった。確かに「変態」という表現は適切なように思われた。