ブルースは自分の飲み物を手に椅子に腰かけた。この椅子はリンダに命ぜられて、ブルース自身で部屋の隅っこに置いたものだった。彼は二人に視線を向けないようにして、飲み物を啜った。
「ブルース、なかなか良い家を持ってるじゃねえか」 とりロイが言った。
「ありがとうございます」
「頻繁に招かれることにするぜ」
「ぜひ、そうなさってください。私どもも、そうしていただけると嬉しいです」
ブルースは自分の言った言葉に苦虫をかみつぶす思いだった。この男は俺のことをどう思っているのだろうか? それに妻であるリンダも俺のことをどう思っているのだろうか?
「よかろう。だが、今は、この可愛い女のせいで俺は完全に充電してしまった。俺の言ってる意味が分かるよな?」
「はい、分かります」
「それじゃあ、これから何が始まるかも分かってるよな、ブルース?」
こういう質問にどう答えればよいのだ、とブルースは思った。
「…それにリンダは、俺たちが楽しんでる間、お前にも部屋にいてほしいと言っている。お前もそうなのか?」
「はい、そうであります。ありがたく存じます」
「じゃあ、あなた?」とリンダが口を挟んだ。「二階に上がって、ベッドのカバーを捲ってきたらどうなの? サテンのシーツに交換しておいたでしょうね? 私が言ったとおりに?」
「はい、奥様。そうします。シーツは交換しました。早速、ベッドカバーを捲りに行きます」
「そうなさい。それにろうそくにも火をともして」
「はい、奥様」
「それから、あなたが靴を磨くときに使ってる小さな木の足台があるでしょう? あれを出して部屋の隅に置いておくように。あなたはそれに座ればいいわ」
「ありがとうございます、奥様」 とブルースは返事し、椅子から立ち上がり、階段の方へ向かった。
「それに、ブルース?」
「は、はい、奥様?」
「どうせなら、その足台に座って私たちが来るのを待っていたらいいんじゃない? 飲み物を持って行ってもいいわよ」
「ありがとうございます、奥様。それにリロイ様も」
ブルースは二階に上がった。一時的であるにせよ、リロイの前から離れることができて、ほっとした気持ちだった。自分の妻をいとも容易く寝取った若い黒人に、じろじろ見られたり、いらぬことを尋問されるのは辛い。
それにしても、高校を出て1年足らずのあの男が、あれほど自信満々で存在感があるのはいったいどうしてなのだろう? ブルースは自分の若い頃を思い出した。俺の場合は、あの年頃は、いや、その後も何年か、女性にへつらい、デート代も全部自分持ちだったはずだ。
廊下のクローゼットから靴磨きようのスツールを取り出し、夫婦の寝室に入り、ベッドから最も離れた隅に置いた。それからテーブルにセットしておいた二本のろうそくに火をともした。
そしてベッドのカバーを捲りあげ、薄地のサテンのシーツを表に出した。間もなく、ここでリンダは客人をもてなすことになる……。
それを思い浮かべた瞬間、ようやくブルースは自分がしていることに恥を感じ、顔を赤らめた。ブルースは心の奥で自覚することがあった。それは、今夜という夜は、自分とリンダの一生を変えてしまう夜になるだろうということだ。
リロイが家に来た時、すぐさま、今夜のことはやめさせるべきだったのだ。だが、リロイは、そうするチャンスを一切許さなかった。それにブルースは、あの若者と面と向かった瞬間、どういうわけか、自己主張をすることができなくなってしまったのだった。いとも簡単に、彼に媚びへつらい、「リロイ様」と呼んでいた。
もっと言えば、あの輪のクラブに参加して以来、そういう態度を取ることが自分の持っていた第二の天性のように思えてしまい、抵抗することを思うことすらなくなっていたのである。抵抗した場合、あのクラブの「男たち」が恐ろしいというのは確かにある。それに、自分がリンダの希望に反する行動をしたら、リンダは怒り狂うだろうというのも、もちろんある。
自分はすでに寝取られになっている。だが今は、今夜は、自分の目の前で妻を寝取られるところを見ることになるのだ。しかも、それに対して自分は何もできない無力の状態で…
ブルースは、そういう状況になっているのが自分ひとりではないことを思い、心が安らぐのを感じた。何だかんだ言ったって、友人のジムも新しい立場・役割を受け入れるようになっていた。たぶん俺自身もそうなるのだろう。とは言え、さしあたって今は、俺はリロイやリンダを怒らすようなことをしてしまわないか、それが心配だ…
ブルースは天井の照明を消し、部屋の隅の小さな座り心地の悪いスツールに腰掛けた。それから30分ほど、彼はそこに座り続け、階下でリンダとリロイがおしゃべりをしたり笑ったりする声を聞いていた。
そして、ようやく二人が階段を上がってくる音が聞こえた。寝室のドアが開いたと同時に、ブルースは、二人のことをじかに見ないように、床に目を落とした。輪のクラブでの「シーツ係」として働いたときに学んだマナーである。