「私ね、今日は『赤』のムードなの」とダイアナは僕の耳に囁きかけた。「あなたといると、とても身体が熱くなる感じ。何か、そのムードにマッチするドレスを探さない? 何か、焼け焦がす感じのモノを…」
まさにぴったりのドレスを見つけるのに、それからもう1時間、数店の高級店をめぐり歩くことになった。彼女が気に入ったのもあれば、僕が気に入ったものも何点かあったが。ようやく二人とも気に入るものを探し当てた。それは、まばゆい赤のワンピース・ドレスで、袖なしのシースドレス(
参考)のデザイン。首周りはホールター(
参考)になっている。胸元はスイートハート・ネックライン(
参考)で、深ぶかと切れ込んでいて、露わにされた深い胸の谷間には、思わずハッと息を飲んでしまう。背中はスプーン状に大きく開いていて、コルセットの上端まで露わになっている。裾は、彼女の左右の太ももをピッチリと包み込んでいるものの、丈は、ストッキングの付け根までしか隠していない。ああ、まさに彼女にぴったりで、極上の美、そのものだ!
ジュエリー・ショップの前を通りかかった時、二人とも、ウインドウに飾られていた商品に目が止まった。それは、セットになっているもので、ダイヤとルビーからなる、ペンダント形のイアリングとネックレスとブレスレットの3点セットだった。ネックレスとブレスレットは、一本だけでなく、複数本からなる多重の輪になっている。
それを見ながら、僕はダイアナの顔を見た。そして彼女も僕を見た。二人ともにっこり笑い、それだけで話しはいらなかった。さっきはダイアナが僕の手を取り、店に連れ込まれたのだが、今回は、僕が、相手の手を握り、店内に引き入れる番だった。
その宝飾品は完璧に彼女に似合っていた。店員は上客が来たと察知し、すかさずディスプレーの下のケースから別の箱を取り出し、ふたを開けた。中にはダイアとルビーのブレスレットが入っていた。明らかに、先の3点セットに完全にマッチするように意図されたものだった。
ダイアナは、ちょっと当惑した様子でそれを見つめ、その後、ブレスレットをつけていない方の手首を見た。
だが僕は、彼女の様子を見て、この新たに出てきたブレスレットが何のためにあるのか即座に理解した。
「これもいいかな?」 と僕は店員に訊いた。
「もちろんですとも!」 店員は嬉しそうに顔を明るくさせた。
僕はデリケートな宝石の紐を両手で大切に取りあげると、早速ダイアナの足元にひざまずいた。そして、その細い左の足首に巻きつけ、器用に嵌め閉じた。ダイアナは僕の行為に生々しさを感じたのか、かすかに身体を震わせていた。
「ああ、ランス…。完璧だわ、ほんとに完璧!」
プラチナ・クレジットカードをさっと差し出すと、店員はパッと顔を明らめ、代金の聖餐を始めた。それまでにっこり微笑んでいたダイアナだったが、どんどん数字が加算されていく様子を見て、その顔が強張って行くのが見えた。彼女は僕のスーツの襟をつかみ、僕の胸の脇を叩いた。
「これって…リアルなの?」 かすれ声で囁きかけてくる。「ありえないわ…。こんなのありえない…」
僕は真剣な表情で答えた。「リアルじゃないというと? 今のこの夢の奇跡のような状態のすべてがニセモノのはず、ということ? 僕の偽りの結婚生活と同じようにニセモノだと? ダイアナ? 僕たちはこういうことをする運命になっているんだよ。君のためでないにしても、僕自身のためにこういうことをするんだ。僕は、君に一生、僕と一緒にいて欲しいなんて思っていない。この週末だけでいいんだ。つまり、昨夜、僕が君の家のドアを入った時から、まさにこうなるように形作られてきたんだ。まさに夢の奇跡になるように。でも、この週末が終わったら、僕は振り返って、『やっぱりリアルだったんだ』と言えるようにありたいと思うよ」
「でも…。私はリアルな存在じゃないわ。あなた、まだ私のこと何も知らないし…」
僕は、彼女の柔らかく、誘惑的な唇に指をたて、彼女を黙らせた。そして、落ち着いた声で答えた。
「ちゃんと美が分かる者には、その美しさが分かるんだよ。君は僕にとって完璧にリアルな存在だ。たとえ一瞬にすぎないにしても、今のこの瞬間がリアルなんだ。この一瞬を二人で一緒に楽しもうよ。明日のことは明日に任せて」
ダイアナはまたも僕の胸の脇を叩いた。さっきの時と比べて、感情がこもっているような叩き方だった。それから彼女は受け取ったレシートを丁寧に折りたたみ、僕の財布に大切に入れて保管しておいてと言った。