2ntブログ



裏切り 第2章 (7) 


この黒髪の小悪魔的な彼女は、仕上げに、モールの中を「歩き回り」たいと言い張った。もちろん、自分の美しさを見せびらかしたいというのが、その気持ちだろう。

僕たちは、モールへ戻る時に、カプセル状になっている空中連絡通路を渡って戻った。あとになって分かったことだが、そこを通って戻ったことはまさに天からの賜物とも言える幸運だった。シカゴは、別名、ウィンディ・シティ、つまり「風の町」と呼ばれている。冬はこの風の町にまだどっしりと居座っている状態で、この季節にはよくあることだが、雪が、ミシガン通りと交差する横道から鞭のように叩きつけていたのだった。そこを歩かずに済ませたことは幸いだった。

空中通路の中、僕は心を決めて堂々と、そして僕の素敵な連れは従順に僕に従いながら、モールへと歩き進んだ。最後に立ち寄るところはまだ決めてない。即興で決めることにしていた。

そして…

他の人に話す時には正確に伝えてほしいことだが、シルバー・フォックスは魅力的な黒髪の女性が着ると、圧倒的な美しさになるということだ。店員がそのコートをかざして見せた瞬間、ダイアナは北風に吹かれる木の葉のように震えはじめた。そしてその袖に手を通したのであるが、袖に手を通したというより、むしろコートの方が彼女を包んだと言った方が正確だろう。居心地の良い温かさで、彼女の細い足首まで包みこんでいた。

それを着た時の彼女のキラキラ輝く瞳。あれは、単なるセックスよりも優れていると言える。セックスの場合はやがて終わってしまうが、彼女の嬉しそうな瞳はいつまでも続いていたからだ。

ダイアナは足元を見下ろし、そしてくるりと回って、コートを着た自分の姿の全貌を見ようとしていた。そして、右の袖を上げた時、彼女はそこについている値札に気づき、それを見た。僕は彼女を見続けていたが、彼女は、急にわなわなと震えだした。

「ちょっと、これだけあったらクルマでも買えるわよ!」

「バカなことは言わないの。コートは車とは何の関係もないだろ?」

彼女は、僕の肩先にパンチを打つ格好をした。

「それにね、僕にはもう車があるけど、君にはこういうコートはなかった。少なくとも、今まではなかった。そうだろ?」

有名デザイナーによる、全身の丈のシルバー・フォックス・コート。どうしても訊きたいと言うなら、答えてあげるが、どんなに金持ちでもこればっかりは手に入れられないだろう。それは、このコートのことではない。このコートを受け取った人の顔に浮かんだ本当に嬉しそうな表情のことだ。まさに値のつけようがないものだから。

ダイアナは迷いに迷っていた。仕上げの「歩き回り」に際して、このコートを着るべきか、それとも腕に垂らすべきかでだった。結果、僅差で一方が勝った。彼女はコートを着たままでいることにし、前を開け、両肩から少しずらして垂らすように着ることにしたのである。そうすることで、コートの中に包まれたものも大半、見ようと思えば見えるようにしたのだった。

真夜中の誰もいないショッピング・モールを想像してみてほしい。物音ひとつしない静寂だと思う。では今度は、土曜日の夕方、巨大な吹き抜けがある大モールで、何層にもわたる売り場に700人近くの買い物客がいる状態で、それとまったく同じ静寂が起きた場合を想像してほしい。何百人もの客たちが、君の腕にもたれかかって歩く女性を見て、口もきけず、唖然としている状態だ。

ああ、分かってるよ。まったくの静寂というのは嘘だ。ダイアナのハイヒールがコツコツと鳴る音と、時折、オオカミの口笛(参考)がしていたのは事実だから。あの瞬間、ダイアナが感じていた高揚感は、僕には想像することしかできない。


[2011/05/16] 本家掲載済み作品 | トラックバック(-) | CM(0)

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する