アンジーは、僕の顔の化粧を終えると、僕の手を取り、爪にグルーを塗った。それから爪の形を整え、ネイルの光沢剤を塗り始める。その様子はしっかりと見続けた。後で自分ひとりでしなくてはいけないだろうと思っていたから。一度、コーティングをした後、それが乾くのを待って、また新たにコーティングをしなければならないので、この作業には多少時間がかかった。
その後、最後の作業として、アンジーは僕が耳につけている小さなゴールドの円柱型イヤリングを手にし、そこに大きな輪形のリングを装着した。僕はこれほど重いものを耳につけたことがなかったので、その重みで耳たぶが下に引っ張られているような感じになった。
ようやくすべてが終わり、アンジーは僕の姿を一通り眺め、言った。
「あなたなら可愛いくなると分かっていたわ。初めて見たときから分かってた」
その言葉はどういうつもりで言ったのか、僕は彼女に訊こうと思ったのだが、訊く前に全身鏡の前に連れて行かれた。そして、鏡の中、僕を見つめ返している人物を見て、僕は驚いたのだった。
見る前までは、ただ化粧をしただけで前と変わらないだろうと思っていた。だが、僕を見つめ返している人物は、信じがたいほど可愛い女の子だったのである。顔が化粧前とは全然違っていた。それに、非常に女性的な印象を与えている。見る人が見れば、僕は本物の女性ではないと分かるだろうけど、少なくとも僕には女性にしか見えなかった。
「ねえ、どうかしら? ジャッキー?」 アンジーは、しばらく僕に鏡を見せ続けた後、ようやく問いかけてきた。
「素晴らしい仕事をしてくれたと思うよ。こんなに良く見えるとは思っていなかった」 僕は鏡から目を離せず、鏡を見つめたまま答えた。
アンジーは片腕を僕の腰に回し、ぐいっと僕を抱き寄せた。
「本当に可愛いわ。あなたが本当は女の子じゃないと分かる人はいないと思う。でも、それよりもっと大切な問題は、あなた自身が、ドレスを着てどう感じているか、よ? もし、この姿でいるのが居心地が悪いと思うなら、いずれあなた自身が正体をばらしてしまう振る舞いをしてしまうはず」
僕はもう一度、鏡の中の自分の姿を見た。自分がこんなにも女性的に見えていることに改めて驚いた。それに加えて、実際、この服装でいることに居心地の良さも感じていた。不思議なほどに、すべてが自然に感じられていた。どういうわけか分からなかったけれど、あるべき姿になっているような感覚があった。
「ちょっと変に聞こえるだろうとは思うけど、このドレスの感触が気にいっている。それに僕のこの姿も気にいっているし、どういうわけか分からないけれど、僕には自然なように感じられる」
そうアンジーに答えた。ではあるものの、答えている間、彼女の目には視線を合わせられず、うつむいていた。
アンジーは僕のあごに指をかけ、顔を上げさせた。
「ジャッキー? あなたがそういうふうに感じるはずと、私は前から分かっていたわ。私があなたにこんなにも惹かれた理由が、それだから」
と、彼女は僕の唇に唇を重ねた。
そのままふたりはとても長い時間、キスを続けた。キスをされながら、僕はふたりの唇が離れた時には、二人とも唇につけた口紅がなくなってしまうだろうなと思っていた。
キスを終え、アンジーは、僕の口紅を直すべきなのを見ると、すぐに僕を化粧台へと連れ戻し、口紅の付け方のお手本を示してくれた。
ふたりとも化粧を直した後、アンジーは行儀作法について僕にレッスンを始めた。まずは立ち姿の取り方から。慎ましく清純な立ち姿から、堂々として魅惑的な立ち姿に至るまで、いくつもの姿勢を教わった。それに腰かける姿についても教わったし、手をどこに持っていくべきかも教わった。さらに声の出し方も訓練を受け、女性としてはセクシーでちょっとだけかすれ声で発声できるようになった。言葉づかいも注意を受け、自分のことは「僕」ではなく、「わたし」と呼ぶようにされた。
その夜の間じゅう、僕たちはしょっちゅうキスを繰り返した。そして、キスをするたびに、僕は化粧を直さなければならなかった。口紅ばかりでなく、目の周りや、頬についてもやり直しだった。
そう聞くと、さぞかし面倒だっただろうと思われるかもしれない。だが、実際はそのような感覚はまったくなかった。僕自身、楽しかったし、アンジーも楽しんでいたように思われる。ふたりとも、時間を忘れて夢中になっていて、気づいた時には、午前3時近くになっていた。
アンジーは背伸びをし、小さなあくびをした。「もう眠る時間ね。練習の続きは明日」