車から足を出し手はみたものの、膝ががくがくしていて、アンジーが手助けしてくれなかったら、倒れていたと思う。アンジーは僕の腕に腕を絡め、モールの入口へと導いた。僕たちの周りにいるのは子供たちだけで、女の子たちの笑い声が聞こえたが、僕を見てではなかった。もっと言えば、誰も僕に視線を向けてる人はいなかったようだ。
本当のところ、誰かに「あそこに女の格好をした男がいるぞ!」と大声で言われるだろうと予想していた。いつ言われるかとビクビクしていたけど、一向にそういうことはなかった。モールに入って奥に進んで行った時も、僕たちに目を向ける人はほとんどいなかった。
モール内の通路を進み、左右に並ぶすべての店について、店内に入ることはせず、ウィンドショッピングをしながら歩いた。アンジーは、どれが素敵だとか、どれとどれが似合いそうだとか、ずっとしゃべりっぱなしだった。多分、僕がうわの空になっているのを見ていたのだろう。僕を落ち着かせようとしているようだった。しばらく歩いているうちにようやく僕も彼女のしゃべっていることに耳を傾けられるようになり、同時に、心臓の鼓動も安定してくるのを感じた。
アンジーは、僕が問いかけに返事し始めるのに気づき、こう言った。
「もう、大丈夫? あなた、過度呼吸になるんじゃないかと心配したわよ」
「しばらくうわの空になっていたみたいでごめんなさい」
「というより、パニック発作になったみたいだったわ。さあ、何か間違ったことをしたみたいに、あたりをきょろきょろ見るのはやめてね。あなた、まるで私たちが万引きしているように見えるもの。生まれてからずっとそういう格好をしてきてるように振舞って。そうすれば、誰も振りかえったりしないから。まあ、私たちがここにきてからずっと私たちを見てきてる男たちは別だけど」
僕は素早くあたりを見回した。「どの男たち?」
「うふふ…。私たちとすれ違った生身の男たち全員よ。だから、もう、そうやってあたりを見回すのはやめて」
それを聞いて僕は急速に落ち着きを取り戻した。アンジーは一緒に店に入っても大丈夫だと思ったようだ。
アンジーは、入る店として、このモールの中核となっている有名デパートにすることに決めた。そこに入りながら彼女は買い物かごを取り、僕に一つ手渡した。そしてランジェリー売り場へと直行した。
男としては、トランクス3枚組に10ドル取られたら、高いカネをふんだくられたと感じただろう。しかしパンティとなると、少なくともアンジーが見ていたのは1着20ドルだったが、そんなに理不尽とも思えなかった。それをブラジャーとガーターベルトのセットで買うとしたら、その3倍の値段になる。アンジーは次から次へとそういうセットを僕や彼女の買い物かごに放り込んでいたが、彼女が本当に値札を見ていたのか分からなかった。
アンジーは一通りランジェリーを買いそろえると、今度は婦人服売り場に向かった。僕はいつもの通り彼女の後ろをついていった。彼女は素早く服があるラックを調べ、さまざまな服を取り集め、それから僕にどう思うか訊いた。僕の体の前にかざして、どんなふうに見えるかチェックすらしていた。10着以上それを繰り返した後、アンジーは自分用に5着、僕のために7着選び、試着室に向かった。
それまで僕は試着するなんて面倒だと思っていたが、実際にしてみると楽しいものだと思った。もっと言えば、試着するドレスが亡くなってしまった時、ちょっと残念だなと思ったほどだった。
その中から2着、アンジーは僕のために選んだが、それはかなりタイトすぎるように思った。それを着たら、女の子にはないはずのところに盛り上がりがあるのが分かってしまうと。
「心配しなくて大丈夫よ。ちゃんとした下着を着たら、あるべきじゃないものを簡単に隠せるから」
アンジーはそう言って5着ドレスを持って試着室から出て、レジに向かった。そのうち2着は彼女の服で、3着は僕のための服だった。
僕は、ショッピングはそれで終わりかなと思っていたが、アンジーはさらに靴と化粧品を買わなくちゃと言った。加えて、他にも寄る店があると言う。
ようやく買い物をすべて済ませてモールから出たころには、5時間も経っていた。僕は新しいドレス5着、ハイヒール6足を抱えて歩いていた。ヒールはいずれもヒール高8センチ以上だった。加えて化粧品が入った袋も抱えていた。重さが1キロはあったと思う。他にもイヤリングが数個、婦人用時計が1つ、ブレスレットが2つ、1オンス当たり45ドルはする香水の瓶も持っていた。
車に戻るとアンジーが訊いてきた。「それで、どうだった? 女の子になってショッピングするのは? 誰もあなたが本当の女の子じゃないって気づかなかったでしょう?」
「すごく面白くて、本当に楽しんだわ。でも、ちょっとお金を使いすぎたんじゃないかと思うけど」 と駐車場から車を出す彼女に言った。
「うふふ、ちょっと使ったわね。でも、このくらいの出費、私にはぜんぜん大丈夫。それに、私のガールフレンドは新しい服が必要だったし、私がその人に女の子になるよう言いくるめたわけだから、私が払うのは当然だわ。前に言った約束を忘れないでね。気にしないこと。もうあなたにこんなにお金を使うことは多分ないから。少なくとも、一回でこんなに使うことはしないわ。さて、家に戻る前に、もう二軒、立ち寄らなくちゃいけないところがあるのよ」