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裏切り 第3章 (6:終) 

「8年間、僕の世界では、妻を中心に陽が昇り、陽が沈んでいた。妻が僕の全世界だった。他の女性のことは考えたこともなかった。妻が僕の知らないところで何をしていたかを知った時、僕は打ち砕かれた。ともかく、家から出たかった。逃げ出さずにはいられなかった…

「…リンガーズの店については、以前から第三者に話しを聞いて知っていた。金曜の夜、どうして僕があの店に行ったのか、自分でも説明できない。ともかくあの店に入っていた。あの時、どうして君に近づく勇気があったのか、それも説明できない。ともかく、君に話しかけていた。あの夜、結局、君の家に泊まることになったのだけど、そうなったことをいちばん驚いているのは僕自身だ。正直、あの夜、僕は君も含めて、誰ともセックスするつもりはなかった…

「…君のアパートを出たとき、僕は傷つき、屈辱感を持ち、他人に使われたような気持だった。まさしくスーザンに味わわされた感情と同じ感情を持っていた。先週は一度も家に帰らなかった。誰とも顔をあわすことができなかった…

「…だが、自分のことながらいちばん忌々しく感じることが起きたんだ。君のことが頭から離れなかったということ。君は、僕の夢に現れるばかりでなく、起きていてもしょっちゅう思考の中に浮かんで出てきた。分かってるさ、そんなの狂ってるって。まるで、妄執に囚われたストーカーみたいなものだ。そんなふうに思われたいなんて思ってもいないのに…

「…そんな僕の心境を言い表わすとすれば、こんなふうに言えるかもしれない。つまり、君のおかげで、僕はスーザンに対する心的依存から解放されたのではないかと。君のおかげで、僕はスーザンとの虐待的な関係に留まっている必要はないんだということに気づくことができたのではないかと。誰かスーザン以外の人に気持ちを寄せることもありえるし、その人も僕に気持を寄せることもありえると…」

ダイアナが反論した。「あなたを利用したとあなたが思っている人なのに、その人に対して気持ちを寄せる、ですって? それって、普通、マゾヒズムと言われてることじゃない?」

「僕の認識は、僕が生きてる文化の価値観に基づいているんだよ。ダイアナ? ふざけてると思って聞いて欲しくはないんだけど、君は僕がこれまで会ったどの女性とも違うんだ。本当に。君に対する肉欲的な意味での欲望を表現することも、君の僕に対する欲望を受け入れることも、どちらも、僕にとっては価値観の修正が要求されるんだ。そう、ポイントはそこだと思う。ただの価値観の修正だ…

「…君にとっては、先週、僕にしたことも、昨日の夜、僕としたことも、性別を問わず、普通の恋人同士がしてきていることと何ら変わりがないものだと思う。その二人が愛し合っている限り、どの性別の組み合わせだろうが関係ないと。だが、僕にとっては、まったく新しい世界で、本質が分かるまで丸一週間かかったんだよ。昨日の夜までかかったんだ…

「…本質が分かったからこそ、僕は再び君に身体をゆだねた。そして、いったん、定型的な先入観を捨て去ることができると、君が僕に対して愛情を表現していたのだと、簡単に気づくことができた。僕が僕の身体を使って君を喜ばせたのとちょうど同じように、君も僕に喜びを与えようとしていたんだと。同じことだったのだと。君が僕と一緒に絶頂に達してくれたことで、いっそう、愛情が甘美に感じられた」

「ありがとう…」 ダイアナは小さな声で言った。「とても美しい言い方だわ。でもね、あなたの第一印象の方が正しかったかも知れないのよ。私は単にあなたの身体を利用していただけかも…」

「でも僕には選ぶことができた。そして、君を信じる方を選んだんだ。その結果がどうなろうと、僕は納得して生きていく」

「本当に、そうできる?」 ダイアナは重要なところだと言いたげに訊き返した。「私を愛したら、いろんな結果を引き寄せることになるのは確かよ。もう、それについて話したわね。あなたは私がどんなことが好きか知っている。それに私がどんな人間かも知っている。私たち先に進む前に、この点については、はっきりさせておかなくてはいけないわ。少なくとも私は。私とつきあうとどんなことが起きるか、どんなふうに変わるか…、それを知っていながら、ちゃんと私とつきあっていける?」

僕はちょっと肩をすくめた。暗がりだったのでダイアナが僕の身ぶりに気づいたか、僕は知らない。

「それは分からない。もはや僕にとっては、どんな人間関係も何ら保証はない。それをよく知っているのは他ならぬ僕だ」

ダイアナはしばらく黙っていた。この新しいデータを咀嚼しているのだろう。僕は、彼女が、ジェフとの関係を引き合いに出して、そもそもどうして僕がリンガーズを訪れたのか、それを詳しく訊きだそうとするのではないかと心配した。その疑問については、僕はまだ自分でも納得のいく答えを持っていなかった。だが、幸い、彼女はその件については何も訊かなかった。

「でも、彼女の方はまだあなたに未練がありそうね……」

ダイアナが不安そうな声でものを言うのを聞いたのは、この時が初めてだった。僕はいきなり車を横に寄せ、ブレーキを思い切り踏んだ。この1週間、感じてきたものとは異なった感情に襲われ、ダイアナの両腕を握り、僕の方を向かせた。

「スーザンとは終わっている」 決意を込めて誓った。「今夜、それがはっきりした。スーザンとは高校3年からずっと一緒だった。僕は一度たりとも彼女を裏切ったことはない。だが、彼女は僕の忠誠心に対して、僕のために捨てたはずのボーイフレンドとヤリあうという仕打ちをした。スーザンは僕が勝者で、ジェフは勝者出ないから僕と一緒になりたいと言っていた。多分、スーザンは、結局は、ジェフの方がより大きな勝者だと判断したのだろう」

「ジェフは、確かに大きいけど、私は必ずしもあいつを勝者とは言わないわ」

ダイアナは僕を抱きしめた。頭を僕の胸に押し付けながら。僕の偽乳房が彼女の頭の横に押し付けられていた。ダイアナはまた無口になった。考えをまとめているのだろう。

「…私もあなたに忠実じゃないかもしれないわよ。前にも言ったけど…」 と彼女は小さな声で言った。

その返事は予想していたし、僕も心ができていた。

「君からは忠実さは求めない。それを超える存在だから。君は真正面から僕に正直に振舞ってきた。今は僕は君の性的欲求に対処できる。すでに話しあったし、お互いの気持ちも説明し合ったし、僕はもう対処できるようになった。いわば『インフォームド・コンセント』といえるだろう。スーザンは、僕に正直ではなかった。多分、最初からだろう。スーザンがジェフ・スペンサーとヤリまくっているのは知っている。あの男の前に何人、他の男がいたか、そんなのは知らない。知りようもないし、今は、全然気にならない。終わった女だから。僕にはもっといい女がここにいる」

僕の言葉に彼女の身体が膨らむのを感じた。望むらくは、プライドを感じてであってほしい。

ダイアナは身体を起こし、意思のはっきりした目で僕を見つめた。

「あなたは、ああいうセクシーなアバズレ女よりも私を選ぶということ? あの女が何をしたかにかかわりなく、私を選ぶ? 私は身体を売ってる女よ。しかも、まんこの代わりにチンポを持ってる女。もし、チンポについてのあの女の欲望が、私の欲望と同じだとしたら、どうする? 彼女が、言葉とは裏腹に、依然としてあなたにぞっこんだとしたら、どうする?」

「そんなこと考えるに値しない。自分の目で証拠をはっきりと見たばかりだ。もしスーザンが僕に依然として惚れているものの、他の男のカラダが必要だったとして、どうして、それを僕に言わなかったのか? 君はちゃんと言ってくれた。言葉が重要なんだよ、ダイアナ。僕たちはテレパシーを使えるわけじゃない。言葉だけが、相手が本当に感じていることを知るための唯一の手段であることがあるんだ。スーザンが何も言葉を言わなかったとしたら、それは、彼女が僕の感情を重視しなかったからだ。それは愛情ではない。単なる、自己中心的な享楽主義だ。僕がスーザンよりも君を選ぶかって? もうすでに選んでる。もし、美醜がいちばんの問題だと思うなら答えるが、不思議なことに、今夜まで、スーザンがどれだけ醜いか気づかなかっただけだ」

ダイアナの瞳が涙で輝いていた。

「それじゃあ、本当に私があなたに正直だったと信じてるのね?…あの、スーザンだっけ? 彼女と違って…」

「そう、スーザン。それに、そう、僕は君を信じている」

ダイアナは僕から顔を背け、助手席の窓の外を見た。多分、僕に泣き顔を見られたくないからだろう。

「いまの言葉を覚えていてくれると嬉しいわ」 と彼女は小さな声で言った。

「…右に曲がって!」

「でも、家は左だよ」

「まだ家には帰らないわ。右に!」

つづく



[2011/08/23] 本家掲載済み作品 | トラックバック(-) | CM(0)

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