「子供たちは分子レベルで僕を理解していると思っているんだ。ともかく、そんな感じのことだ。僕たちは、あの子たちが生まれる2か月前から、接触してきたんだよ。いや、真面目に言っている。ディ・ディ? 僕が子供たちと初めて接触した時のことを、君は覚えているはずだよ。あの時、僕は君とちょっと口唇関係の楽しい行為に没頭していた。あの時、僕はいわば君に「声を出させよう」としていただけなんだけど、後になって、君は、僕が泣きだしたので、僕がどうかしていたと思ったよね。うん、確かに僕はどうかしていた。あの時、まだ君の子宮の中にいたエレとエマに僕は接触したんだ。まさにあの時、ディーとエッダが目覚めた時でもあったんだ。そして、あれ以来ずっと僕は子供たちと一緒にいる…」
「…これは、例の僕の『化学的誘惑子』理論を拡張すれば説明できると思ってる。この理論は、君とドニーと僕がどうしてこんなに、論理や理性を超えて惹かれあってしまうのかを説明するものだった。そして、僕たち3人の遺伝的構成要素が組み合わさって、あの子たちと僕が生物的に分かりあう状態を獲得したのじゃないかと思うんだ。何と言うか、直接、心で触れ合えるような能力を獲得したのではないかと。僕っていったい何者なんだと思うよ。ユリ・ゲラー? ジョン・エドワード?(
参考) 何が起きてるのかは分かるんだが、どうして、そんなことが起きるのか、その理屈が分からない」
「で、どんなことが起きてるの?」 とドニーが訊いた。
「子供たちの感情を感じることができるんだ。僕はこれをテレ・エンパシーと呼んでいる。僕と子供たちは、互いにある種の共感状態にあるんだ。僕が子供たちに心を送り込もうとすると、子供たちはちゃんと感じ取ってくれる。多分、僕が送る前にすでに感じているのかもしれない。どうなってるのか僕にも分かるはずがないよ。まだ、『ママ』という言葉すら言えてない5か月の赤ちゃんと話しをしてることになるんだ。まだ、子供たちとは共感投射について議論はできていないけどね」
ドニーも私も唖然としていた。こんな内容の主張なわけだから、多分、私たちはちょっと懐疑的になっていたと思う。確かに、アンドリューと子供たちが共感し合ってることは、私もドニーも知っていた。まあ、他にどんな説明をされても、彼の説明に対する印象と同じようなものだったろう。でも、子供たちがお腹の中にいた時から、アンドリューは知っていたって? どういうこと? お願い。
「で、どうやって子供たちを泣きやませているの?」 ドニーが訊いた。
「愛情とか安らぎとかの気持ちを送り込むだけだよ。お前たちが欲しいものはちゃんと分かってるよ、すぐにあげるからと伝えるんだ。子供たちが泣くのは、たいてい、母親に何か欲しいものがあるのを知ってほしいからだと、僕は理解している。普通、食べ物だけど、それを手に入れるまで子供たちは泣き続けるんだ。でも、あの子たちは、僕が行くと、欲しいものがすぐにやってくると分かって、だから泣く必要がないと分かるようなんだ。もちろん、これは僕の理論にすぎないけど」
ドニーも私も口を動かしていたが、何も言葉が出てこなかった。やっとのこと、私は言葉を吐いた。「なんてこと! どうりで、あなたが一緒だとおとなしくなるはずだわ。でも、本当にどうやって? どんな仕組みになってるの?」
アンドリューは、7か月もこれを考えてきていた。彼のことだから、理論を立てているはず。でも、彼がこんなに長く黙っていられたなんて、アンドリューの性格を考えると、そっちの方が信じられない。
「ずっと黙っていてすまない。でも、打ち明ける前に、僕と子供たちの間で何かが起きてることを君たちにしっかり認識してほしかったんだ。いきなりしゃべって、誰だかわからないけど白い服を着た男たちにどこかへ連れて行かれるのは、ごめんだからね…」
「…僕はテレパシーとかそういうものに関する話しを読みまくった。そのほとんどすべてが、人間というものは使える脳の力のうちほんのわずかしか使っていないという説明だ。進化の見地から考えた場合、その見解はあり得ない主張といえる。そもそも、必要のない能力なら、進化で得られることなどないんじゃないかと。もうひとつ、そういう話しでの主張は、テレパシーであれ、他の特別な能力が何であれ、かつて人間はそれを使っていたという主張だ。以前は使っていたが、のちに使わなくなったという主張。能力自体は残っているが、休止状態で眠っていると…」
「…ダメだダメ! 乱暴な言葉を言ってすまない。でもね、僕はそんな説明はダメだと思ってるんだ。人間は使える脳の力の数パーセントしか使っていないと言う人は、科学が脳のことをまだ分かっていないという現実に頼りすぎてるんだよ。単に、脳のどの部分が何に使われているか分からないからと言って、それは、そこが使われていないということにはならないからね。それに加えて、現代の科学は、脳の使用について分からない部分をかなり解明してきたと僕は確信している。1950年代には、何に使われているか分からない余分な能力だったものが、2004年には何か重要で、明確な能力であると分かったと、連中が言ってることは、それだけだと思うんだ…」
「…で、だとすると、僕と子供たちの位置づけはどうなるか? ということなんだけど、『前適応』という用語を聞いたことがないかな? これは、最初はある働きをするように進化したんだけど、それが後にまったく異なった働きのために使われるようになったものを指す用語だ。古典的な例が、鳥の羽毛。鳥の羽毛はどうやって進化してきたのだろうか? 最初の鳥たち、あるいは、疑似鳥でもいいけど、それが空を飛んでいた時には、もうすでに羽毛を持っていた。進化は、前もって計画的に進むものではない。何かの目的のために計画的に進化するなんてありえない。とすると、鳥たちは、飛べるようになる前に、どうやって飛ぶための羽毛を進化させたのだろう?…」
「…答えは明らかで、羽毛は飛行のために進化したのではなかったということ。羽毛は、身体の保護、多分、体の保温のために進化したということ。そういう羽毛を進化させた生き物たち、もちろん、それは恐竜の一部だろうけど、その生き物たちの一部が、たまたま、空を飛ぶようなレベルまで生き延びた。その時、羽毛があった方が飛行に便利だったというわけ。でも、羽毛自体は、まったく別の目的のために存在していたんだ…」
「…さて、今度は人間について話すことにしよう…」