その後、あの高くそびえるハイヒールを履いて、いかに官能的に、かつ堂々とした足取りで歩くかについて、集中特訓を受けた。ダイアナが、僕は物覚えが良いと思っていたのは明らかだった。特訓は15分ほど受けた。
それが済んだ後、ダイアナは僕に彼女のラベンダー色のスウェードのハンドバッグをくれた。中には僕が持っていた現金は入っていたが、身分証明書もクレジット・カードも消えていた(「それなら、あなたが誰か誰にもわからないでしょう」)。それに口紅、グロス、リップ・ブラシ、コンパクト、パウダー・ブラシ、口臭止めのミント、香水が入っていた。加えて、使い切り用のチューブ入りKYゼリー(
参考)とコンドームも。
「私、どこに行くときも、これを持っていくの」とダイアナはウインクして言った。「女の子は準備しすぎて困ることはないから」
隣の化粧台に目を落とすと、そこにはさっきまで着ていたスーツ、シャツ、そしてネクタイが置かれていた。それにズボンも。そのズボンの尻ポケットには、クレジット・カード、免許証、それにその他の身分証明に使えるものすべてを収めた財布が入っている。
「あれはどうするの?」 と僕は指差しながら訊いた。「衣類バッグか何かそれに似たものがある?」
「衣類バッグ?」 とダイアナは微笑みながら声を上げた。「もちろん、問題ないわ」 と、彼女はコートを取って、内側のラベルを調べた。
「メンズ・ウェアハウス、って店ね?」
「ああ…」
「パーフェクト! 衣類バッグ、ひとつ、ゲットしたわ」とダイアナは陽気に言った。
彼女は僕の衣類をボール状にくるくるとまとめ、今は空っぽになっているカペジオ・バッグ(
参考)に詰め込んだ。そして、「お店が無料でプレスしてくれるわよ」と言い、にやりと笑って「受け合うわ」と付け加えた。
ダイアナは片手にそのバッグを持ち、もう片手に赤いシークイン(
参考)のハンドバックを持った。そして、ハンドバッグを持った方の腕を僕の腕に絡めた。僕の衣類をまとめて入れた大きなバッグの方に目を落とし、それから僕に目を戻し、にっこりとほほ笑んだ。
「私たちが帰る時まで、リッチーがカウンターの後ろにこれを保管してくれるわ。ハゲタカだらけのここに置いておくより、その方が安全だから。さあ、いよいよ、このリサ・レインが新世界に対面する時、それともその逆かしら、ともかくその時が来たわ!」
ダイアナとふたり腕を組んで着替え室から出て、こっそりとラウンジに入ったが、人生でこの時ほど恐怖を感じたことはなかった。腕を組んでいる彼女に比べたら、自分は女性のみっともないイミテーションにすぎない気がした。
ダナが舞台で口パクで歌っていたアニー・レノックス(
参考)の歌を除くと、ピンが落ちた音すら聞こえたことだろう。ラウンジの人の群れが一斉に僕とダイアナを見て、しーんと静まりかえったのだった。それに、男性客が唖然として口をあんぐり開けるのも見えた。
僕が着替えをさせられている間に、この店はずいぶん混みあっていた。ダイアナが言うには土曜の夜はいつもこうなるらしい。驚いたことに、客の中には生物的に女性の人もかなりの人数いた。ふたり連れだったり、少人数のグループだったり。さらには大人数でテーブルを寄せあって座ってる女性客もいた。