努力して怒りを内側に押し込める。猛り狂う怒りを徐々に鎮めていった。荒波のように押し寄せてくる衝動的な怒りは、次第に頻度が減り、強烈さも薄らいでいった。スティーブは椅子に深く腰掛け、目を閉じた。両手を椅子の肘掛に乗せ、意図的に、指を動かし、握りこぶしの緊張をほぐす。その後、全身の他の筋肉も同じようにリラックスさせていった。かなり時間が掛かったものの、腹部に感じていた煮え返るような感覚も落ち着いた。これなら、再び思考に戻ることができそうだった。
写真の中、男の愛撫を受け入れているバーバラの様子から察するに、2人の情事はかなり前から続いているようだった。・・・あるいは、男が急速に働きかけ、バーバラは男の働きかけに受身的に応じてきたのかもしれない。どちらにせよ、バーバラは、既婚の女性がしてはならない行いに、積極的に従事しているのは確かだ。
また心の痛みが耐え難いほどに増してくるのを感じる。その痛みは、ほとんど即座に怒りへと姿を変え、再び時間をかけ、その怒りを鎮めなければならなかった。なぜバーバラはこのようなことをしているのか、スティーブにはその理由が分からなかった。だが、その理由が何であれ、これは、ただ黙って見過ごせるようなことではない。残るは、この事態をしばらく進むにまかせ・・・その後、結婚の解消を法廷によって正式に認めてもらうことだろう。スティーブは、翌日、弁護士に連絡を取ることに決めた。
突然、ズボンのポケットの中が振動し、スティーブは驚いた。電話が来るとは予想していなかったスティーブだった。
「よう!」 相手は兄のジョンだった。
「やあ、ジョン。何かあったのか?」
「今、話し、できるか?」
「いいけど、どうして? ああ、そうか・・・俺はまだ職場にいるから」
「そうか・・・」 ジョンの声は同情心に満ちていた。彼は、スティーブがなぜ帰宅していないのか、その理由を察した。
「とにかく用件を言うと、さっき、例の新聞社の知り合いから電話をもらったんだよ。そいつが言うに、そいつの知り合いに写真を見せたら、その人が相手の男が誰か知っていたらしいんだ。今そこに何か書きとめるものがあるか?」
スティーブは急いでシャツのポケットからボールペンを取り出した。急に心臓が動悸を始めるのを感じた。バーバラの相手の男が誰か、それを知ったところで実質的な重要性はない。相手の男を知っても事態は変わらないだろう。だが、それでも、それを知ることで、何かしらの進捗をしていると感じることはできると思った。スティーブは、すべてを受け入れ、ただじっと座っているというのは、もはや耐えられない心境になっていた。
「ああ、いいよ。先を話してくれ」
電話の向こう、兄のジョンが深呼吸をするのが聞こえた。
「分かった。まず、男の名前はラファエル・ルランド・ポーターという。母方がヒスパニックで、父方がアングロサクソン系だ。やつの名前の由来は、そこら辺にあるんだろう。レイフという名前で通っている。そこまではいいか?」
「ちょっと待ってくれ」
スティーブはジョンが話すスピードで書きとめることができなかった。
「よし、いいよ。先を教えてくれ。他にどんなことが分かった?」
「ええっと・・・ヤツは、ハーパー保険会社に勤めていて、そこでは、一目置かれているやり手のタイプだな。経営の上層部へ上がる階段で言えば、中段よりちょっと下方のランクにつけている。言ってみれば、運気が急上昇中って感じだ」
スティーブは、このジョンの言葉を聞き、ただちに、この件について何ができるか確める決心をした。バーバラが自分の自由意志で今の行いをしているのは分かっている・・・2人の結婚を台無しにしたことで彼女の責任を追及するつもりだ・・・だが、バーバラに責任があるからと言って、この男は無罪放免にすべきだという理由にはならない。
ジョンは、話しを止めていた。ジョンは弟のスティーブのことをよく知っていた。今、スティーブは、小さな保険業界でトップに這い上がろうとしているラファエル・ポーター氏の計画を頓挫させるための様々な選択肢を、頭の中でざっと調べているに違いない。ジョンにはそれが分かっていた。
しばらく時間を置き、スティーブがようやく返事した。「オーケー・・・分かった。他には何かあるか?」