テタンジェは、これまで通り素晴らしいものだった。高級ワインには素人のダイアナですら、これは素晴らしいと評価していた。この店は、このようなデリケートなビンテージ物のシャンパンを、冷蔵庫の上でなく、ちゃんと冷蔵庫の中に保存しておいてるのを知り嬉しい。
ダイアナとふたり、泡立つシャンパンを啜り、ショーを楽しみ、…そして蜂蜜に群がるハエのようにいくつも視線を引きつけ続けた。
店内を見回すたびに、何度となく視線を感じた。たいていは、僕を見ていた男性は罪悪を感じてるみたいに、さっと視線を逸らすのだった。だが時々、視線を逸らさない男性もいて、そんな場合は、その人のことを見返すようにした。そして、割と素敵な人だと思った場合は、できる限りの誘惑的な笑顔を彼に見せてあげた。
たった一週間前だったら、「ランス」はこんなふうに男に浮気な素振りを示すことなど、決してなかっただろう。だが今は、「リサ」としてだが…。ダイアナのおかげで僕の地平線はずいぶん広がったのだろう。
僕たちが腰を降ろしてからさほど時間も経たないうちに、男たちが僕たちに接近し始めた。その接近の大半をダイアナが手際よくさばいていた。彼女は、手厳しいと言えるほど正確に男性の評価を下し、気の利かない誘いは上品に退け、真に可能性のあるものだけに焦点を絞っていた。誘いが僕に向けられた場合は、感謝して興味を示してあげたが、たいていは、経験を積んでるダイアナに任せ、その様子を観察し、言葉を聞き、そして学習していた。
ひとりダイアナと特に長々と囁き声で会話していた男がいた。ダイアナがその人にそれだけ時間を与えたということは、彼女がその男を有望だと評価した証拠だった。ぴしっとしたアルマーニのスーツ、高級生地のシャツ、シルクのネクタイ、ティソの腕時計(
参考)がそれを示している。
次にどんな展開になるか僕は分かっていたし、それに対して身構えた。ダイアナが立ちあがって、僕の方を向いた。
「あのね…」 彼女は注意深く切りだした。「ディナーの時に話しあったこと覚えている?」
僕は気持ちを強く持って頷き、作り笑いをした。
「よかった。ケンと私はちょっと隣のお部屋に行くことにしたの。そこで…もっと互いのことを知りあおうと…。あなたひとりだけになるけど、大丈夫?」
何のことを言ってるか分かっていた。「これからこの男とヤリに他のところに行くけどいいわね?」ということだった。
これについてはふたりで話しあっていた。ディナーの席でも、車の中でも。ダイアナは、この件についてはオープンで正直だった。これが彼女の本性だし、変えるつもりはないと。それと同時に、どんなに素晴らしいセックスをどんなにしてきても、さらに、どんなに大きなペニスを相手にしてきても、最後には必ず僕のところに帰ってくると言っていた。…帰ってきて、相手にした男のことを詳しく話してくれると。
スーザンはこれをしなかった。代わりに、僕の知らないところでコソコソと、しかも特定男と、遊び回り、ようやく家に戻ってきても、何ごともなかったフリをしていた。ダイアナが男と一緒に楽しんでいると知ってても、それが時には一週間に数夜になることがあっても、僕はダイアナに、スーザンよりはダイアナと一緒になりたいと告白したことがある。
さあ、僕も立ちあがって、自分の言ったことに責任を持たなければならない。
その時、ふと、他のことが頭に浮かんだ。前にもあったが、この時も、僕はダイアナが「男」と付き合うという言葉で考えていたことだ。「他の男」ではなく、単に「男」という言葉で。と言うことは、僕は自分のことを「男」と考えていないと言うことなのか? 「男」と考えていたら、「他の男」と思うはずだから。
一体、僕の自己イメージに何が起きているのだろう? 僕は、その疑問の答えを知るには、バーカウンターの奥にある鏡の中を見るだけで良かった。そこには自分の姿が映っていた。……全身、ラベンダー色のスウェードのドレスに身を包み、薄地の黒のブラウスを着て、ブロンドの髪の毛をふわふわに盛り上げ、顔には過剰なほどの化粧をしている。このような格好になる時、大暴れして抵抗したわけではない。ならば、どうして僕は依然として自分のことを男とみなしていると言えるだろう?
まあ、流れに身を任すことにしよう……