彼の心地よい物腰に、アンジェラは心が温まる思いになったと同時に、困惑もしていた。彼女が知っている限りでは、日本人は伝統的にきわめて控え目なはずなのだが、この男性は、それとは異なっている。
「早くも、二回目のデートのお誘い?」 と彼女はからかった。
「どの言葉でそれを呼ぼうがご自由に。ですが、気が向いたらいつでも来てください。いつでも大歓迎ですよ」
とノブはまた笑顔になり、向きを変えてキッチンへと向かった。大理石とステンレスでこしらえられた、センスの良いキッチンだった。
何か魚をさばき始めたノブを見ながら、アンジェラは、彼が、丈が長く、黒の縁取りがされた青いキモノ風の上着で、ズボンもそれにマッチした服装でいるのに気がついた。ゆったりとしていてとても着心地が良さそうに見えた。そして、急に自分がそれにそぐわない服装で来てしまった気がした。
アンジェラの視線を感じ、ノブは顔を上げた。
「私、もっとカジュアルな格好をしてくるべきだったわ」 と彼女は謝った。
ノブは最初、彼女が何のことを言ってるのか分からなかったが、自分が着てるものに目を落とし、それに気づいた。
「いいえ、いいえ。あなたの服は素敵ですよ。私こそ謝らなければ。普段着の格好でいると伝えなかったのは、私の失敗でした」 とノブは言い、軽く頭を下げて、「ゴメンナサイ[Gomen-nasai]」と付け加えた。そして、アンジェラが笑顔に戻るのを見て、再び前にある魚をさばく作業に戻った。
アンジェラはどういうふうに言ったら失礼にならないだろうと悩んだが、この人なら、正直に言った方が喜んでもらえるだろうと思った。
「あの…、ノブ?」
「ハイ[Hai]?」
「私…その…。私、魚はダメなんです」 アンジェラはちょっと泣き声っぽい声でそう言った。
ノブは片眉をあげた。「あ、そうなんですか?」
「ええ…、ごめんさない」
ノブは頭を左右に振りながら、包丁を置いた。
「一晩のうちにお客様に2回も失礼をしてしまうなんて、私はダメなホストだ。何か食べ物についての制限があるか訊いておかなかったのは、私のミスですね」
アンジェラはノブのメニューを台無しにしてしまったことを気に留め、彼に近づき、腕に手を添えた。
「いえ、違うわ。とても素晴らしいホストですよ。私はピザあたりで充分なんです。ピザはお好きですか?」
ノブはアンジェラの手に手を添え、彼女を見た。困ったような顔をしていると彼女は思った。
「ええ、好きですよ」
アンジェラは顔が赤らむのを感じ、彼の手から手を離し、一歩引きさがった。
「ごめんなさい。あなたを傷つけてしまったかしら?」
この人はとてもハンサムな人だ。その長い黒髪、青い瞳、伝統的な和装のせいで、とてもロマンティックな印象を与えている。これで刀を持っていたら、そのまま『七人の侍』のセットに出てもおかしくないだろう。
「いいえ、いいえ、全然。ただ…、ちょっと頭の整理がつかなかったもので」
と、ノブは携帯電話を取り出し、カウンターに片腕をついてもたれかかり、番号を押した。「ピザは、何を乗せたのがお好きですか?」
彼が携帯電話を使うところを見るのは可笑しかった。何だかとても時代錯誤のように見える。「トマトと黒オリーブを」
ノブは親指を上げて了解と合図し、注文を伝えた。電話を切った後、彼はアンジェラをリビング・ルームへと先導した。「何か飲み物は?」
「普通のソーダはありますか?」 とアンジェラは柔革(
参考)のソファに正座する格好で座った。
「ありますよ」 とノブはキッチンに行き、「ワイン、ビール、日本酒もあります」と付け加えた。
「ノブ? 私…、お酒もダメなんです」 アンジェラは顔をしかめながら言った。ああ、私、すごく気難しい人みたいになってる…
ノブはまた不思議そうな顔になった。コーラをグラスに注ぎ、彼はリビングに戻って、彼女に渡した。
「他はどんなのがダメなのかな? アンジェラさん?」 と彼はアンジェラの向かい側に座った。
…今日までだったら、出会ったばかりの男の部屋に行くことだわ…とアンジェラは思った。その時、ノブが、まるで彼女の頭の中の声を聞いたかのように首をかしげるのを見て、アンジェラは驚いた。
「ドラッグとタバコ、いま思いつくのはそれだけ」
「あなたは興味深い女性だ」 とノブは楽しそうな顔をして言った。