しばらくの間、ふたりは、最初のデートで語り合う標準的な話題についておしゃべりをした。ノブは、どうやら、バイオテック関係の巨大国際企業の設立メンバーらしい。彼はアンジェラが精神科医であると聞いて、興味深そうな顔をした。彼は、アンジェラについて好奇心満々で、彼女の人生についていろいろ質問をした。
「お生まれは、こちら?」
「ええ。生まれてからずっとアメリカです」
ノブの方は日本生まれなのは確かだった。その訛りがかえって彼によく似合っていた。
彼はお茶を啜り、付け加えた。「でも韓国語を喋る」
「私は、ウェーハルムニ[weh halmuni:母方の祖母]に育てられたの。祖母は韓国語しか使えなかったから…」
アンジェラはノブがちょっと顔を曇らせるのに気がついた。「ノブ? どうしたの?」
「ちょっと聞きづらいのですが…」
ノブはためらっている様子だった。アンジェラは、彼がためらうのを初めて見た。
「…あなたは私が日本人であることをお嫌いですか?」
アンジェラは、彼の質問に当惑して聞き返した。「いいえ。どうして私が?」
「私は、日本人と韓国人の間には、あまり…友好的な歴史がなかったことを知っています…」 彼は間接的になるよう言葉の選択に気を使った。「…日本人があなたたちにしたことを考えると、私が日本人であることをあなたが気にしても私は驚きません」
アンジェラは、つまらないことと言わんばかりに手を振り、笑った。「ノブ? それは何年も前のことよ。私は、過去の過ちについて今の世代の人々を責めたりはしないわ」 と言い、グラスを置いた。「…それに、私の目には、あなたは帝国主義的なタイプに全然見えないもの」
ノブはアンジェラのグラスにお代わりを注ぎ、彼女に渡し、腰を降ろした。この時は彼女の隣に座った。
「そう言ってもらえて嬉しいです…」 ノブは彼女の顔を見て、呟いた。「そばかすがあるんですね」
アンジェラは、こんなに近寄られ、鼓動が速くなるのを感じた。「え、ええ。でも本当は嫌なの」
「どうして? とてもきれいですよ?」 とノブは心から驚いた顔をした。
「ええ、みんながそう言うわ」とアンジェラは鼻で笑った。だが、嫌な印象を与える笑い方ではなかった。「…でも、早く取り除いてしまいたいと思ってるのよ」
ノブは首を大きく振って、反対した。「私はそんなこと許せません」
アンジェラは笑った。そばかすについて不平を言うと、いつもこういう反応が返ってくるからだった。
「オーケー、取らないわ。今のところはね」
それから2分ほど、沈黙の時間が流れた。アンジェラはノブがずっと視線を向けてくるので、ちょっと居心地悪く感じ始めていた。
「そのコンタクトレンズ、どこで買ったんですか?」
「コンタクトはしてません。私は左右とも視力2.0以上です」
「じゃあ、その色は生まれつき?」
「まあ、そう言えます」
アンジェラは、どういうわけか気がつかなかったのだが、知らぬ間にふたりの距離が縮まっていることに気がついた。あまりに近いので、肌が露わになっているところに彼の息が当たるのすら感じられる気がした。
「あの、ノブ…?」
ノブは顔を寄せ、鼻から深く息を吸った。「素敵な香水だ」
アンジェラは彼の瞳孔が広がるのを見て、突然、身体じゅうが燃えてくるのを感じた。
「あ、ありがとう」
彼に親指で顔のそばかすを触れられ、彼女にはそれしか言葉が思いつかなかった。