「どうして?」 ようやく、息切れが収まり、私は訊いた。「私は、あなたが求めることを全部したわ。自由にしてみればと言っていたでしょう? 私もそうしようと思ったのよ。なのにこれ? どうして? 何か悪いことをした?」
ダイアナは私から抜けた後、私の身体を回して、正面を向かせた。ふたりとも、それぞれに服装を直し始めたが、彼女の顔には、依然として、強い感情が浮かんでいた。もはや怒りの表情は彼女の目から消えていた。ダイアナが依然として怒っているのは確かだったけど、その怒りは私に向けてではないように感じられた。
「車を運転して」 とようやくダイアナは口を開いた。
「でも、どうして…」
「いいから、運転して!」
私はカペジオ・バッグの中を漁り、車のキーを取りだし、彼女のためにドアを開けてあげた。ダイアナは、私の視線を避けたまま、革製の高級座席に身を沈めた。私は、助手席のドアを閉めた後、急いで運転席側にまわり、乗り込んで、エンジンをかけた。5リッター、V8のエンジンが轟音とともに息を吹き返し、車はシルクのような滑らかさで発進し、加速した。
家への道の半分に差し掛かったところで、ようやくダイアナは沈黙を破った。
「何でもないのよ…」 と彼女は助手席側の窓の外を見ながら呟いた。
「何が?」
彼女は私の方に顔を向けた。
「あなたは何も悪いことはしてないわ。もっと言えば、あなたがしたことは全部、正しいこと―私が想像したより…私が期待したよりも、ずっと正しいことをしたのよ。問題はあなたじゃないの。私なのよ…。あなたがあの男と出て行くのを見て、そして戻ってきて、カナリアを食べた猫(
参考)のような顔をしているの見たら、私…」
ふたりともシートベルトを締めていたのは良いことだった。私は、ふたりの身体がフロントガラスにぶつかるほど強くブレーキペダルを踏んでしまったから。
「嫉妬心?」 信じられない気持だった。「あなたが?」
「そういう言い方、やめてくれる? 私には。…私は、私の隣に座ってる女の子と同じくらい人間なのよ。実際、自分がどれだけ人間らしいところがあるのか、思い知らされているところなの。こんな状況になったこと、これまでなかったから」
「女の子の友だちが男とデートに行くのを見たことがないの?」
「本当に気に留めている女友だちでは、初めて。こんなことなかったわ! 今回は違うのよ。あなたは違うの。何を言おうとしているかというと、こういうことなのだろうと思うけど、あなたに対する感情が、これまでとは違うのよ。あなたがあの男と一緒にいるのを見たら、私…。嫌な気持ちになったの」
最初に思ったことは、自分が思慮深いことをしたということ。まあ、2月の凍えるような日曜日の午前1時にイリノイの道路の真ん中で、車のギアをパークに入れることが「思慮深いこと」といえるならの話しだけど。
私はシートベルトを外し、シートの上、身体を彼女の方へと移動させ、最後に彼女の膝の上にまたがった。そして両腕を彼女の首に巻くようにして抱きつき、鼻先を彼女の鼻先に擦りつけた。そうするまでの間ずっと、SLクーペ(
参考)でなくセダン・タイプを買った自分のセンスに感謝していた。
「ダイアナ?」 と甘い声ですり寄った。「そんな言葉があなたの口から出てくると、すごく変なこと、分かってるの?」
「そうよ、すごく変なのよ。私はあなたにぞっこんだわ。心の底から。それを認めるのは、全然、怖くないわよ」 と彼女は憮然として言った。
「違うわ、違うの…」 と私は素早く打ち消した。「あなたが何かを気にするというところがすごく変って言ってるのよ。ダニエルは、おちんちんを持った男。ただそれだけ。確かに、素敵なおちんちんだったけど、ただのおちんちんにすぎないの。私が欲しいのはあなただけ。私が家に連れ帰りたいのはあなただけ。…こんな会話、前にもしたと思うけど?」
「私に言葉遊びをするのはやめてよ」 とダイアナは怒った。「これが今までとは違うのは知ってるでしょう?」