アンジェラは、彼が顔を寄せてきた時、目を閉じた。
また匂いを嗅いでる。こんなこと今まで誰にもされたことがないわ。変なことだけど、驚くほど官能的…。
アンジェラは当惑しつつも、静かに座って、彼に匂いを嗅がれるままになっていた。首筋に当たる彼の呼気を感じ、興奮していた。彼が何をするつもりなのか分からず、ただ動かずにいた。そして、ノブの携帯電話が鳴り、彼の邪魔をしたことも、気づかずにいた。
「くそ[Kso]」
アンジェラは彼が小さな声で呟くのを聞いた。
<いったい何? 私、何か間違ったことをした? この人の苗字すら知らないのに>
「ピザが届いたようです」 と彼は哀れっぽく言い、嫌そうに立ち上がった。
アンジェラは葛藤を感じていた。この男性に対する自分の不思議な反応が気になっていた。今の自分は、まったく自分らしくない行動をしている。彼女は衝動的に何かをしてしまうのは嫌だと思い、今すぐ家に戻った方が良いと考えた。もっとも、家に帰ることは、いまの彼女にとって一番したくないことでもあったのだが。
<いや、だからこそ、立ち去るべきなのよ、アンジェラ!>
ノブがピザの代金を払っている隙に、彼女はジャケットとバッグを手にした。
「何をしてるんです?」 とノブはピザを置き、怪訝そうな顔をした。
「ノブ? とても楽しかったわ、でも、私、帰るのが一番良いと思ったの」 とアンジェラは玄関へと歩き始めた。
ノブは彼女に近づき、心配そうな顔をした。「何か、お気に触ることをしてしまったのでしょうか?」
「いえ、違うの!」
彼に見つめられる時間が長くなればなるほど、彼女の決意は揺らいだ。ノブが近づくのに応じて、彼女は後ずさりをした。
「とても素晴らしいおもてなしをしてくれたわ、ただ、私…、私、今の自分がどうなってるのか分からなくなってるの。全然わたしらしくないから。だから帰らなくちゃ」
ノブはアンジェラの正面に立ち、真剣な顔で見つめた。「本当に帰りたいの?」
また彼に近くに寄られ、アンジェラはふらふらした気持ちになっていた。嘘をつくのが苦しくなっていた。
「…違うわ」 返事の声はとても小さく、彼女自身、聞こえないほどだった。
彼女は興奮しているし、恐怖も感じている。ノブにはそれを嗅ぎ取ることができた。帰ると言う彼女を強いて帰さなかったりしたら、すべてが無になってしまうのはノブも知っていた。だが、興奮した彼女の香りには陶酔させるものがあって、抗えない…。
ノブは、もはや自分を抑えることができなくなり、彼女の手から持ち物を奪い取り、彼女の背中を近くの壁に押しつけた。
突然の彼の行動にアンジェラは驚き、悲鳴を上げたが、その声も彼の唇に塞がれた。
彼女は清純な潮の香りがした。ノボルの記憶にあるとおりだった。いやそれ以上かもしれない。彼のキスはますます熱がこもったものになり、手の指は彼女の髪に絡まり、頭をしっかり押さえ、動けなくしていた。
だからと言って、アンジェラはどこかへ逃げたいと思っていたわけではなかった。あらゆる理性はすでに玄関から外に出ていってしまっていた。頭の中を占めることは、こんなキスは経験したことがなかったということ、それだけになっていた。動物的で官能的で愛情がこもっている。その三つがひとつに合わさったキス。
あごの下の肌を優しく噛まれた時、膝から力が抜けていくのを感じた。でも彼は崩れそうになる彼女の身体を支え、攻撃をやめようとしない。