花束を抱えてリビングに入ると、アンジーが立ちあがった。
「何て綺麗な花なの! 誰から誰への花かしら?」
花束をコーヒーテーブルに降ろすと、アンジーは赤バラの方についているカードを取って、読み上げた。
「僕の人生で最も愛していて、僕の世界を変えてくれた女性へ。アンジー、あなたを心から愛しています。ジャックより」
アンジーがカードを読みながら目に涙を浮かべているのが見えた。まばたきをして涙を振りはらい、彼女は言った。
「ジャックは本当に素敵な男性だわ。バレンタインデーに4つも素晴らしいプレゼントをしてくれた。美しいダイヤのブレスレットに、大きな箱のチョコレートに、24本の赤いバラの花束。それに、この日のために私専用のフレンチ・メイドまでつけてくれた。ジャックのような男性を愛せない女なんているのかしら? いつか彼に結婚してと頼まなければいけないと思わない? そうしなかったら、誰かに彼を盗まれてしまうかもしれないから」
アンジーが結婚のことを話したのを聞いてびっくりした。この話はこれまで一度も話題になったことがなかった。僕自身は何度も考えていたけど、話題に出すとアンジーが離れてしまうのではないかと、恐れていた。アンジーが僕に飽きるまで一緒に暮らせていられるなら、それで満足だと個人的には思っていた。
そんなことを思っていたが、元のメイドのシナリオに戻らなければと気持ちを切り替えた。
「ジャック様は奥さまから盗まれたりするようなお方ではないと思いますわ。いつも奥さまを愛していらっしゃると思います」
「そうだといいわね、ジャッキー。本当にそうだといいわ。さて、こちらの花束は誰宛なのかしら?」 と彼女はもう一方の花束についたカードを手にした。
彼女はカードを広げて「これはあなた宛てよ」 と言い、読み上げた。「女の子として生まれて初めてのバレンタインデーを迎えた、私の最高のガールフレンドへ。愛をこめて、アンジーより」
アンジーから花束をもらって、本当にワクワクした。「ありがとうございます、奥さま! とても嬉しいです」
そう言って彼女を抱こうと近寄った。するとアンジーは両手を前に突き出して、私を止めた。
「メイドとして、あなたはちょっと馴れ馴れしすぎているわね。そろそろお仕事に戻ったらどうなの? この花はダイニングのテーブルに飾って。それが済んだら、洗濯を始めなさい。用事がある時はベルを鳴らすから。さあ、出ていって!」
こんなふうに退散させられ、私は拒絶されたような気持ちになった。とはいえ、こういう役目を演じているのだから仕方ない。花束を抱え、ダイニングルームに行き、テーブルに綺麗に飾った。それから洗濯機のところに行き、タオルの山から始めた。洗濯機にスイッチを入れたとたん、ベルが鳴るのが聞こえた。
その時も、つま先歩きでいそいそとリビングルームに戻った。丁寧にお辞儀をしてから、「奥様、ご用は何でしょうか?」 と尋ねた。
アンジーは新聞から目を離さず、カップを指差し、「お代わり」とだけ言った。
早速コーヒーを継ぎ足し、再び家事に戻った。すると、2分くらいしてまたベルが鳴った。今度は、家具に指紋の跡が残ってるのを見つけたので、それを拭き直すようにとのことだった。
ひょっとして自分はアンジーを暴君にしてしまったのかもしれないと思い始めていた。仕事を言いつけられ、それを終えてリビングを出ると、2分も経たずに呼び出され新たな仕事を言いつけられたから。それを何度も。
一方のアンジーはこれをとても喜んでいるように見えた。私が深々とお辞儀をするのを見たり、私に仕事をさせたりすることで、興奮を得ているのは確かだった。私がメイド服を着ていそいそと歩くのを見て喜んでいる。