「ジャッキー」 第12章 Jackie Pt. 03 by Scribler
**********
これまでのあらすじ
ジャックは妻アンジーの浮気現場を見てショックを受け、彼女と知り合った頃を回想する。彼は法律事務所のバイト、アンジーはそこの上司。仕事を通じ親密になった二人は交際を始め、その過程でジャックは女装の手ほどきを受け、ジャッキーという呼び名をもらう。アンジーとは女性としてデートし、外出もした。そしてアンジーに初めてアナルセックスをされ、オーガズムに狂う。やがて二人は同棲を始めた。ジャッキーはバレンタインデーの贈り物として一日アンジーのためにメイドとなるが、期待に反してまるで性奴隷のように扱われたのだった。
**********
翌朝、目が覚めたが、目覚まし時計が鳴っていなかったのに気づいた。時間を知ろうと時計を見ると、すでに9時半。僕は驚いて、息つぐ間もなく跳ね起き、ベッドから飛び出した。何から始めてよいか分からず、部屋の中を駆け回りながらアンジーに声をかけた。
「アンジー、時間だよ。もう遅くなっている。目覚ましをセットしたと思ったんだけど…」
「いいえ、大丈夫よ。ねえジャック、ベッドに戻って、私を抱いて…」 アンジーは眠そうな声を上げた。
「嘘じゃないよ。アンジー。もう9時半なんだ」 と僕は大きな声を出した。
「分かってるわよ。あなたが飛び起きた時、時計を見たもの。そんなこといいから、こっちに来なさい!」 アンジーはちょっと命令口調になって言った。
ちょっと考えて、どうやらアンジーは何か隠し事をしているらしいと気づいた。普段なら、一番にベッドから出るのは彼女の方だったから。普段なら、時間より30分も余裕がある時ですら、アンジーは、もう遅れてると文句をいうはずだった。
ベッドに入りなおすとすぐに、アンジーは僕にすり寄ってきた。
「うーん、この方がいいわ。起きるのは、もう少し、こうやって一緒にぬくぬくしてからでいいの」
言われたとおり、しばらくそのまま一緒に抱き合っていた。実際は、そんなに長くではなかったかもしれない。1分も経たないうちに、僕は彼女に訊いていた。
「いったいどういうこと? 普通のアンジーなら、僕より早く起きるはずなのに?」
アンジーは目を開け、溜息まじりに答えた。「多分、私は、仕事より、ジャッキーの方が好きだから。少なくともジャッキーは、私とこうやって抱き合っているが好きなはずよ。彼女なら、仕事に行かなくちゃなんてぜんぜん気にしないだろうし…」
僕は笑ってしまった。「だって、彼女の場合は、そもそも出勤しなくちゃいけないような仕事を持っていないわけだし」
「それも羨ましいことだわ。ジャッキーなら何も仕事をしないだろうし。彼女が会社にいても、職場の男たちを追いかけまわしてパンティの中に誘い込もうとして、一日過ごすかもね」
確かに、ジャッキーが男たちの注目を惹きつける存在だということは分かっていた。
アンジーと一緒にクラブへ出かければ、必ずと言ってよいほど、アンジーと同じくらい、男たちからダンスの誘いを受けてきた。そういう誘いがあった場合、ジャッキーはたいていは上品にその誘いを受け、一緒に踊った。ただ、相手の男が妙に馴れ馴れしい手つきで身体に触れてきた場合は、拒否をしなければならないこともあったが、そういうことはそう数は多くなかった。
クラブが終了の時間になると、家まで車で送ろうとか、一緒に朝食を食べようとかの誘いを何度も、何度も受けてきた。そのような誘いについては、ジャッキーは一切断ってきている。男性とダンスをするのはアリでも、その男と一緒に寝ると言うのは完全に問題外だった。とはいえ、男たちの注目を浴びることは、とても嬉しいことだというのは、否定できない。
クラブで男たちの注目を浴びることについて、そんなことを思っていたら、不意にアンジーが問いかけた。
「ねえ、ジャック? ちょっと立場をスイッチしてみるのを想像してみて?」
「イヤだ!」
意識せず大きな声になっていた。ちょっと防御的な声に聞こえたかも知れない。
「うふふ…、たぶんジャックならそう言うでしょうね。でも、ジャッキーはどうかしら? 適切な男とだったら、そうは言わないように思うわ…」
僕は、男に気があるように取られるのは心外だと、向きになって反論した。多分、自分はストレートなのだと強調しすぎてる言い方になっていたと思う。その間、アンジーはずっとあけすけに笑いっぱなしだった。
「さあ、そろそろ起きましょう。シャワーを浴びなくちゃ」
僕たちが、いつからジャックとジャッキーを二つの別個の人格のように呼ぶようになったのか、はっきりしない。僕がアンジーのところに越してきた頃だったと思うけど、正確な日付は分からなかった。これも、そもそも、決まった日から始まったことではないのかもしれない。徐々に変化が進行し、いつの間にかこの段階に到達していた、というのが本当なのかもしれない。
ただ、ジャックとジャッキーの間にははっきりした違いがあるのは確かだった。ジャックの方は、規範を重んじるタイプだ。物事を決まったやり方で片づけるのが好きだし、決められた時間までに、あるいはそれより前に片づけるのを好む。一方、ジャッキーの方はずっと自由なタイプだった。どんな形であれアンジーが望む形にするのが好きで、喜んでそうする。言うまでもなく、ジャッキーの方がはるかに女性的で、一緒に抱き合ったり、たくさんキスし合ったりするのが好きだった。事情が許すなら、一日中でもアンジーとベッドの中で過ごすこともでき、決してそれに飽きることもない。ジャックにはそれができないと言ってるわけではないけど、ジャックにはそうするチャンスはまったくなかった。週末はジャッキーの時間であり、ウィークデイはジャックの時間だったからである。
自分の心のこのような動き。多分、精神科医にかかることにしたら、僕の心は、その医者に優れた事例を提供することになるだろうと思う。もっとも、僕は、精神医にかかろうという必要性は全然感じていなかった。自分の身に起きていることが、心から気に入っていたし、その状態を変える気などまったくなかったからである。