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裏切り 第6章 (3) 

地獄の第5段階は、来る日も来る日も、この先ずっと、この分裂した自我と直面して生きていかなければいけないと認識すること。「ランス」として玄関を出ても、ありとあらゆる局面で、前夜の「リサ」の記憶が忍び寄ってくるのだから。

ダイアナと愛し合っているとき、ダイアナは、よく、爪で私の乳首を掻いて愛撫してくれる。これがとても気持ちいい! それをするとき彼女は私の背中に胸を押し付けてくる。そんな時、快感の嵐に揉まれた私の心は、ちょっと変な幻覚を思い浮かべてしまうのだ。その幻覚では、彼女のあの美しい乳房が背中から私の身体に入り、そこを通り過ぎ、私自身の乳房になり変わっているのである。

思い出すのは、前にした話しあい。Tガールたちが目的を達成するために使う、手術とか、ホルモンとか、その他の身体改造について話し合ったこと。現実的に考えて、豊胸手術やその他の後戻りできない大きな身体改造を受けるなんて私には考えられないことだ。少なくとも、ファッションショーのためにもっと女性的に見えるためといった理由からでは、それはあり得ない。メモリアル・デーの週末までは、たった14週しかないのである。その期間的条件を考えたら、問診とか、手術前のテストとか、手術自体、そして、その後の術後の長い回復期間といった長期にわたる厄介なプロセスを受けることなど、真っ先に排除されることである。

だけど、なぜか、それをしたらどうなるだろうと考えてしまうのだ。2週間ほど前なら、私は、そんな思いをにべもなく「馬鹿げてる」と言っただろう。そもそも、私が突然Dカップ、あるいはそれ以上の胸で職場に現れたとして、同僚たちにどう説明すべきかという問題もあるし、計画中のもう一つの仕事についても問題を起こすのは言うまでもない。それでも、どういうわけか、その可能性には興味をそそられてしまう…

地獄の第6段階はというと、職場に行くたび、オフィスビルの外で私を待ち構えている存在だ。スーザンである。彼女は、このところ。ずっとそうやって私を待ち構えているのだ。彼女はすでに、言い訳と言ったり、拒絶したり、しつこくせがんだり、脅迫したり、侮辱したりする作戦は試みてきていて、いずれも失敗に終わっている。現在は、最大限の魅力をふりまく作戦に出てきている。

トレンチコートの前を開けたままにして、その中には丈の短い、タイトなスーツを着ている。ビジネス服にしては、ほんのちょっとだけ派手な感じの服装だが、ストッキングとヒール高12センチのスティレットが動かぬ証拠だ。大芝居をしてもらえる人間はジェフ・スペンサーだけではなかったという話しだ。私のこの元妻がにっこり微笑めば、ラサール通り(参考)の水銀灯の街灯は不要になるだろう。

「あなた?」 と猫なで声で声をかけてくる。「どうしてた? こんな形で待ち伏せして、ごめんなさい。でも、他に方法がなかったから。ねえ、話しを聞いて。今度のこと、本当に申し訳ないと思っているのよ。私がちょっと……ちょっと脇道にそれてしまったことについて、全然、あなたに話さなかった。だって、あなたがどれだけ傷つくか分かっていたから、言えなかったの。あなたを傷つけたくなかったの…」

笑えるな。スーザンは、そもそも自分が浮気したのが悪かったとは言っていない。それに、ジェフ・スペンサーと会うのをやめるとも言っていない。

「あなたの言うとおりね。あなたは、今も、私が初めて会った日と同じく女性には魅力的だわ。あなたが魅力をふりまいたら、拒みきれる女っているのかしら? 特に、あなたが私にしてくれたように、あなたが本気で女に甘えさせて、わがままを通させ始めたら、どんな女もイチコロだと思うの。ねえ、現実を直視しましょうよ。私たちは二人とも美しい存在なの。私たち、これまでもずっとそうだったように、一緒の世界に属しているのよ。だから、こんなバカげたケンカはやめにして。お願い。私と一緒に家に帰って。あなたがいなくて寂しいの」

話しだけ聞いてると、実にもっともらしく聞こえる。だが、事実は半分で、残りの半分は嘘であることや、故意に誘導していることを無視すればの話しだ。

こういったシナリオもあり得ると、私の弁護士が忠告してくれていた。小難しい法律用語を言い変えて咀嚼すれば、結局、こういうことになる。つまり、事実を知りつつ、この時点でスーザンを家に連れ帰ったなら、その行為は、法廷の目には、彼女の不貞を暗黙のうちに認めたことと解釈されるということだ。そうなったら、離婚のための確固とした根拠は一瞬のうちに霧散してしまい、結果として、私には、引き続き離婚訴訟を続けることで彼女に経済的にレイプされ続けるか、あるいは、和解したあげく寝取られ夫になるかのどちらかの認めがたい選択肢しか残らないことになるのだ。

「僕も君がいなくて寂しいよ」

これは嘘ではない。大半が幸福に包まれていた8年間を忘れ去るのは簡単ではない。それでも、彼女が一方的に行った言語道断と言える裏切りを受け入れるつもりはない。たとえ、彼女にどんな理由があったとしても。それに、未来のことは分からないにせよ、私は独りきりの未来になるとも、正直、思っていなかった。

「二日ほど、真剣に考えてみるよ。その後で、どうするか伝えることにする。約束だ」 とそう言って、話しを打ち切った。

スーザンは私の腕をぎゅっと握り、頬に軽くキスをした。彼女が私に抱きつこうとしなかったのは幸いだった。厚いコートを着ていても、抱きつかれたりしたら、問題となることを彼女が「発見して」しまうことになっただろうから。


[2012/09/20] 本家掲載済み作品 | トラックバック(-) | CM(0)

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