ウエイトレスの女の子はカウンターに戻り、一緒に働いている女の子に何か囁いた。それを見て僕は再び顔が赤くなるのを感じた。小さな声でドナに言った。
「誰にも分からないって? ふーん。僕を見たどの人も気がついていると思うよ。僕が誌っている人がここに来ていないことだけは、よかったと思う。こういうことをするなんて賢いことじゃないよ。僕が街中の笑いの種になる前に、早く食べてここから出よう」
妻は手を伸ばし、僕のマニキュアを塗った手の両方を自分の両手で包んだ。僕の瞳を覗き込みながら言う。
「でも、あなた? あの女の子たちがあなたに気づいたとしても、あの子たちあなたに何かネガティブなことを言った?」
確かに、彼女たちはそんなことはしなかったのは事実だと認めた。
「女って集まっておしゃべりをするものなの。それに、自分たちの夫が1日でいいから、自分たちが履いてる靴を履いて歩き、女性がどういう風に生活を経験しているか分かってくれたらと思ってると言った人が少なくとも2人以上はいるのよ。あなたは、男らしくないからとあなたを馬鹿にする女性より、女性を理解しようとしていることで、あなたを尊敬する女性の方がずっと多いことに気づくことになると思うわ。だから、リラックスして、美味しいサンドイッチを味わって。誰もあなたの邪魔をしないから。少なくとも私が一緒にいるときは、誰にもそんなことさせない。今夜は、あなたは私が守ってあげる。誰でもいいから、あなたの気分を害するようなことをして御覧なさい、そうしたら!」
妻は、そこまで言って、サンドイッチを取り噛み付いた。僕もサンドイッチを取り、最初の一口を食べた。その時、僕たちに話し掛けていた女性を見ると、僕の指のピンク色の爪を見てウインクして見せた。僕は頭を小さく振って、恥ずかしげに微笑んだ。サンドイッチを皿に戻し、ナプキンを取って上品にリップ・グロスをつけた唇を軽く叩き拭いた。
食べ終わり店を出ようと立ち上がると、先の婦人が僕たちに微笑み掛けた。
「あなたたちに会えてとっても良かったわ。お誕生日おめでとうございます。あなたたちのおかげで、この次の夫の誕生日に良いことを思いついたの。夫はビックリ・プレゼントが大好きなのよ」
その人たちのテーブルの横を歩きすぎるとき、彼女の夫が言うのが聞こえた。
「どんなビックリ・プレゼントなんだ?」
「あら、今ここで言っちゃったらビックリ・プレゼントにならないじゃない。そうでしょ?」
振り返って彼らのテーブルを見ると、例の女性は僕にウインクして見せた。彼女の夫も僕を見ていたが、不思議そうな表情を浮かべて、歩き去る僕たちを見ていた。
店から出ようとトイレの前を通りかかったとき、妻は、僕に手を差し伸べ、何か手渡した。
「ちょっとトイレに行って口紅を直してくるわ。2、3分でここに戻ってくるから」
そう言って女子トイレに入って行った。顔を下げ、自分の手を見ると、そこにはピンクのリップ・グロスのビンがあった。僕は素早く手を握りしめ、見られていなかったか、周囲を見回した。気づいた人は誰もいないようだった。次の瞬間、どうして彼女がこれを僕に手渡したのか悟った。少し考えたものの、結局、嫌々ながらも男子トイレに入ったのだった。中には誰もいなかった。僕はビンを振りながら、ふたを開け、口紅にグロスをつけ始めた。ヌルリと滑らかなピンクのグロスを唇に塗りながら、何かゾクゾクする感覚が生じるのを感じた。最初に上唇に、次に下唇につけ、その後、唇を少し尖らせるようにして、上下の唇を擦り合せた。そして、ハケを元の小瓶の中に収めようとした。
ちょうどその時、いきなりドアが開いて、僕たちの隣のテーブルに座っていた夫婦の夫の方がトイレに入ってきた。僕は顔を赤らめながら、鏡から彼のほうへ顔を向けた。そして、その男に、僕がリップグロスをつけていたのを目撃されたのを知った。
「いや、私が来たからって止めなくてもいいんだよ」 彼はニヤニヤ笑っていた。「その色は君に合ってると思うから」
僕は顔から血の気が失せるのを感じた。胸がキュウッと締め付けられる感じがした。自分が気絶しそうになってるのではと思った。
彼の顔に、何か警戒するような表情が浮かんだ。
「おい、大丈夫か?」
彼は、僕の腕を取り、僕の体を優しく支えた。
「いや、怖がらせるつもりはなかったんだよ。私も、さっき、食べている時から、ちょっと気づいていたんだ。いや、私は君にとやかく言うつもりはまったくないんだ。多分、君たち夫婦は、何か、勇気を試すゲームか何かをして遊んでるんだろうなと思ってね。それにしても、奥さんは君にそういう格好で外に出させたのだろうけど、君はそれを容認したわけだろう? いやあ、君はすごく肝っ玉が据わっている男に違いない。バスケットボールくらいのタマじゃないのか。あっぱれだよ。君の努力に奥さんが報いてくれるよう、私も願っているよ」
「ああ、いやすでに妻にはかなり報いてもらってるのは確かなんですよ。でも、その報いがあっても、こういうのを公衆の面前で着るのが恐ろしいことには、変わりないんですがね」
気持ちが、少しだけ普通に戻ってくるのを感じた。
「でも、多分、気づきそうになった人が何人かいるかもしれませんよ・・・ところで、それ、ナイスなブラですね」
彼はニヤリと笑って、僕の胸元に視線を落とした。見ると、シャツのボタンが1つ外れていて、黒いレースのブラが少しだけ見えていた。僕は、再び顔を赤らめながら、素早くシャツのボタンを締め直した。
「それに、ハニー! 君の爪も、口紅の色とうまくマッチしている! ハハハ!」
彼は笑いながらウインクをして見せた。彼の妻が先に僕にして見せたウインクの真似をしてるのだろう。
「これは夫婦の間のアレのためかな? だとしたら、君たちの今夜のセックスが素晴らしいものになるといいですな! アハハ!」
僕もにやりと笑った。気分を取り直し、かなり長く伸びてしまった髪の毛を額から掻き揚げ、軽く舌で唇をなぞり濡らした。
「夢の中でも想像できないかも知れませんが・・・」 そう言いながら、トイレのドアを開けた。「・・・今年のあなたのビックリ誕生日パーティをお楽しみください。それに、奥さんのためにちゃんとビックリして差し上げることも忘れずに!」
ニヤニヤしながら僕はトイレから出た。妻は外で待っていたが、僕の笑顔を見たようだった。
「何をニヤニヤしているの?」
「あ、いや、たいしたことじゃない。ちょっとした女の子同士の冗談! アハハ!」