スティーブは、探偵事務所が他のビジネスのオフィスとほとんど換わらないのを知って驚いた。嬉しい驚きだったと言ってよい。オフィスの中では、エレベータで流れているようなBGMが流れていた。6名ほどの職員はそれぞれ仕切られた小部屋の中でてきぱきと仕事をしていた。聞こえてくる会話では、誰もが、スティーブには聞き覚えのない業界用語や特殊用語を使って話しをしていた。その言葉の意味を通訳してもらえるよう、例の警備部門のチーフも連れてくればよかったと、彼は半ば後悔した。
これまでのところ、最初の面談は非常に順調に進んだ。担当の女性は、彼女のオフィスの壁に架かっている数々の額縁によると、経験豊かな探偵であった。スティーブは、それは見せ掛けではないのだろうと考えることにした。彼の印象では、彼女の発する質問は、的確に事実の究明に関わるものであり、網羅的でもあった。彼女は、話しをしながら、スティーブが事務所に見出して欲しいと思っている事実関係のリストを作成した。
彼女は、リーガルパッドに書きとめたメモを読み返しながらスティーブに言った。
「カーティスさん。このような情報の大半は、あなた御自身で、裁判所の公的記録か逆引き住所録、それに公立図書館の電話帳から引き出せるものですよ。それを御存知でしたか?」
確かに、スティーブは、知りたいと思っていたことのいくつかは裁判所の記録から入手可能であることは知っていた。彼女が言及した住所録は聞き覚えがなかった。その住所録が出てきたのは、彼が知りたがった情報の中に、ポーター家に住む者全員の名前、住所、電話番号、Eメール・アドレスが含まれていたからだった。スティーブは肩をすくめた。
「多分、自分でできるものもあるとは思っています。ですが、公開された情報であるとは想像できないようなものも知りたいと思っているのです。・・・そのような情報を、プロらしく手際よくまとめた報告書を作ってくれたら、あなた方にお支払いする用意はあるのです」
特に最後に言った言葉は事実だった。5月の初旬、バーバラは個人用の預金口座を開設した。それを受けて、スティーブは、それまでの共用の口座を閉じ、自分専用の口座を開いた。そのことで2人は口論になったことがある。・・・口論の主な原因は、家計の出費に関して、バーバラに、以前同様に彼女の分担分を支払い続けるようスティーブが要求したことがそれだった。スティーブには見抜くことができなかったが、何らかの理由で、バーバラは、スティーブが古い口座をそのままにしておき、家計のすべてを彼の方で扱ってくれるものと考えていたらしいのである。この出来事は、この半年、バーバラが見せた不可解な判断の唯一の出来事ではない。だが、この件は、その時のスティーブの心に特に印象深く現れた出来事だったのである。
この2、3ヶ月ほど、スティーブは、すべての給与と、彼女が知らない2回の臨時の収入をすべて、彼女がアクセスできない口座へと振り込んでいた。技術的に言って、彼自身でできる仕事と言えるかもしれないが、そういった仕事を探偵事務所に肩代わりして行ってもらうだけのお金は容易に準備できていたのである。
調査員の女性は、頷いた。彼女は、どうしてもこの顧客に可能な選択肢を教えておきたいという衝動を感じたのだった。だが、ともかく、彼女たちがこの仕事をしているのは、お金をもうけるためであるのは事実。彼女は、喜んで、この仕事をスティーブに代わって行うことにした。
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