男は、また前のめりになってきて言った。「ありがとうと言わなくちゃいけないのは僕の方です。それにしても綺麗な方だ。僕の名前はジョン。こちらが、友だちのトニー」と彼は隣の男に手を向けた。
「こちらこそ、よろしく」と、僕は後ろを向きながら言い、ジョンと握手し、その後、トニーとも握手した。ジェシーも肩越しに手を差し出した。彼らは二人とも彼女と握手した。
「僕の名前はビル。そして、彼女は僕の妻のジェシー」
「お二人はウィングズが勝つのを見に来たの?」 とトニーが訊いた。
「いや、実を言うと、僕たちはカナダから来たんだ。当然、リーフズが勝つのを見に来たんだよ」
「そいつは残念だ」とジョンは苦笑いした。「リーフズはウィングズにこてんぱんにされるよ」
「見てれば分かるさ」 と僕も苦笑いした。
第1ピリオドが終わった段階では、試合は一対一のタイだった。僕はジェシーにビールを買ってこようかなと言った。彼女にも何か欲しいものはと訊くと、彼女もビールを飲むと言った。ジェシーは普段はビールは飲まない。多分、喉が渇いたのだろうと思った。
ビールを買って戻ると、ジェシーはジョンとトニーと何か話していた。
「仲良くなったのかな?」
「ええ、今、あなたが勝ち取ったチケットのことを話していたの」
ジェシーとジョンがこんなに早くうち溶けあってるのを知り、僕はちょっと驚いた。ジェシーは典型的なシャイな人間で、知らない人と簡単に仲良くなることはめったにない。彼女が、ジョンとの間で恥ずかしがる段階をすでに通り越していたのは確かだった。ジェシーは、相手がいったん気楽につきあえる人だと分かった後は、開放的につきあえるようになる性格なのだ。
ジョンはかなり人当たりの良い人間なんだろな、と僕は思った。
ジェシーにビールを渡すと、彼女はかなり大胆にごくりと飲んだ。
第2ピリオドが終わった段階で、リーフズは4対1でリードしていた。僕はご機嫌になって、もっとビールを飲みたくなっていた。買いに行こうと立ち上がると、ジェシーももう一本欲しいと言った。
この時も、ビールを買って戻ると、ジョンとジェシーが親密そうにおしゃべりしている。今回は、この試合の結果について活発な議論をしている様子だった。
「ウィングズは挽回するよ。見てれば分かる」 とジョンは自信たっぷりに言った。
「そうはならないわ。3点も離されているんだから」 とジェシー。
「じゃあ、こうしよう」 とジョンが切りだした。「勝負だ。もしリーフズが勝ったら、君とビルをクラブでの飲みに招待するよ。僕らのおごりだ。ウィングズが勝った場合も、君たちにおごる。でも、もうひとつ。君にはダンスをして欲しい」
「その勝負、乗った」 とジェシーは手を差し出し、ジョンと握手した。
「そのクラブってどんなクラブなの?」と僕が訊いた。
「ジョンの叔父さんがやってるクラブなんですって。街にあるそうよ」とジェシーが答えた。
「じゃあ、試合の後はそこに行くことになりそうだね?」
「ほんのちょっとだけよ」とジェシーは答えた。彼女は、僕ができるだけ早くホテルに戻りたがっているのを知っている。
試合はと言うと、第3ピリオドでウィングズが同点に追いつき、試合終了時点では逆転してしまった。リーフズ・ファンには残念な結果だった。でも、ジェシーはそれはあまり気になっていないようだった。彼女はジョンの言うクラブで飲むことを楽しみにしているのだろうと思った。
「さあ、奥様? ちゃんと支払ってもらいますよ」 とジョンが言った。
ジェシーは笑いながら答えた。「私は借りはしっかり返す主義なの」
「僕たち外に車を待たせてあるんだ」とジョンが僕に言った。
彼は僕についてくるように手招きしながら、ジェシーのそばについて出口に向かった。トニーもピッタリくっついて歩いている。
確かにジョンの言うとおりだった。角のところに大きなリムジンが止まっていて、僕たちを待っていた。運転手はスティーブと言う名の身体の大きな黒人で、ジェシーのためにドアを開けて、彼女が乗り込むのをサポートした。その後にはジョンが続き、妻の隣に座った。僕も乗り込んだが、トニーがジェシーの隣に座ったので、僕はジェシーの向かい側に座った。