「寒いのかい? 可哀想に!」 とロブが同情して声をかけた。「どうして君たちコートを着てないんだ? そのドレスは素敵だよ。でも、たとえ暖かいタクシーに乗るにしても、出入りするときに凍えたら、風邪をひいてしまうよ」
「どこかの素敵なオジサマが私に毛皮のコートを買ってくれたら、7月でも着てるのになあ」 とアンジーがほのめかした。
「それなら決まりと考えていいよ」 とジムが軽く請け合った。「君が新しい地位についた手当てと考えていい」
「アンジーが…昇進?」 と私はためらいがちに言った。
「ああ、そうなんだ」 とロブがにやりと笑った。「彼女の働きのおかげでね。アンジーから聞いていないかい? 明日、会社全員に公式的にアナウンスするんだけどね、アンジーは特別個人アシスタントに昇進する。職場も一階上になるんだ。今日のお祝いの理由の一つがこれだよ」
「うーん、おめでとう…」
「ありがとう!」 とアンジーは陽気に答えた。「あなたがいなかったら、こうはならなかったわ」
できれば、アンジーには、こんなふうにほのめかすのを止めてほしかった。これまでのところは、ロブもジムも私の正体を知らない様子。ロブは我が社の社長で、ジムは会長だ。二人に私の正体が知れたら…。だけど二人が知らない限り、私は明日の朝も仕事をすることができる。私は勇気を振り絞って言った。
「えーと、この集まりがお祝いなら、何かお酒を飲むべきね。よかったら、私にフローズン・ストロベリー・マルガリータを注文してくれないかしら。大きなサイズにして。何だか、とても飲みたいの」
10分後、私はすでに、48オンスのフロスティ・カクテルの半分を飲んでいた。すごく飲みやすい! なんだかんだ言っても、これはただの、半分ほどクエルボ(
参考)が入った大きなスラーピー(
参考)みたいなものかもしれない。
私以外のみんなは、それぞれのカクテルをゆったりとしたペースで飲んでいた。私に関して、イヤな発言や言及は一切なかった。ふたりの重役たち、特にロブは、魅力的な女性に対して好意を寄せるのと同じように私に好意を寄せている様子だった。お酒のおかげで気が強くなったのかもしれないけれど、私も同じように彼らに好意を寄せた反応をし始めていた。
「それで、その…、ネルソンさん…?」 と私は話しかけた。
「リサ、お願いだ。ロブと呼んでくれ」と彼は遮った。「いまは勤務時間じゃないし、ネルソンさんという言い方は、この場では、堅苦しすぎるから…特に、今ここにいる間柄ではね?」
「ええ、いいわ…、ロブ。…何を言いたかったかというと、私のお友達のアンジーを昇進させたというあなたの決断を、個人的にとても嬉しいと思ってることを伝えたかったの。彼女は確かに昇進に値すると私は分かっていたし、これから、あなたとミスター…、あ、いやジムにとってとても貴重な存在になると思うわ」
「ありがとう、リサ。アンジーは充分に昇進に値する。メジャー・トレード・グループの男性陣が、彼女の働きぶりについて非常に高評価を出しているんだ。特に、ランス・レイトンが熱心だったなあ。アンジーから彼のことを聞いている? アンジーは彼のことをとても重視しているよ」
私は、もう一人の自分のことを言われて、頷きつつも、身を強張らせた。気づかれなければいいけど。
「今夜のお祝いの本当の理由は、むしろランスのことなんだ」 とロブは続けた。「今日、彼のおかげで我々はこの業界内で著名な存在になれた。まさに、ベストの中のベストだよ、彼は。それに、体の芯まで社のことを考えている。彼が一度、仲間をぜんぶ引き連れて会社を辞めると言いだした時のことを知っているかい? 従業員担当のどこかの堅物が、アンジーの素晴らしい服装について文句を言ったらしく、それに抗議しての行動だったんだ。自分の秘書の名誉のために、6ケタ、つまり数百万ドルの収入とストック・オプションを蹴ってもいいと思ったんだよ、ランスは。僕の部下たちも全員、彼のレベルの人格的統一性があったらありがたいなと思ったよ。今日はね、午後ずっと、ジムと一緒に、彼に対してどんな褒美をあげたら適切と言えるか頭を悩ませたんだ。アンジーにも一つか二つ提案をしてもらった。そうだよね、アンジー?」
アンジーは口をすぼめて微笑んだ。瞳をキラキラ輝かせている。
「話しを聞くと、アンジーはあなたのような親友がいてずいぶん幸運のようだ。あなたがアンジーの昇任を自分のことのように喜び、支持していることからも、それが分かるよ。本当のことを言うとね、アンジーは僕たちの部下になるわけじゃないんだ」
「え? そうなの…? …とすると、誰のところに?」
「うちの副社長のところだよ」 とジムが答えた。
「ほんとに?」 と私は完全にわけが分からなくなって聞き返した。「アンジーからは、そちらの会社に副社長がいるとは聞いていなかったけど。誰なのですか?」
二人の男は互いに顔を見合わせ、そしてにやりと笑った。
「何で? もちろん、あなたですよ」 とロブは当然のような口ぶりで言った。「今朝のあなたの仕事ぶり。あんな大仕事をされたら、ラサール通りのどこに行ってもご自分で会社を立てることができるでしょう。そんなあなたを我が社に留めておくためなら、僕はどんなことでもするつもりです」
ロブはじっと私を見つめた。単なる仕事上の感心を超えた熱い気持ちで私を見つめた。
「…どんなことでも。午前中に157万ドルの利益を会社にもたらし、その同じ日の夜に、スーパーモデルのような美人に変身し、僕とデートしてくれるとは。そんな素晴らしい人なら、当然、重役のポストに値するというものです」