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ライジング・サン&モーニング・カーム 第8章 (6) 

「馬鹿げたことを! いったいどんな理由で私がお前を信頼できると言うのだ?」

役人が着る赤いローブを着た男が、ひざまずくノボルを睨みつけた。

「その理由は確かにございません。それに私も確証を示すことができません。……ただ、私は自分の名誉にかけて真実を語っていると、その私の言葉だけです」

ノボルは謝罪する様子も見せず、男の眼をまっすぐに見つめ、言葉を続けた。

「あなたご自身、日本人が何年も前から朝鮮の海岸線を偵察してきていることをご存じのこと。あなたが恐れている通りなのです。将軍豊臣秀吉は、あなたのお国に侵略しようと計画している。私の忠告に耳を傾け、あなたのお国に警告を発さなければ、彼らが到着した時には、この半島に何も残らないことになりますぞ」

左全羅道(Left Cholla Navy)海軍指揮官イ・スン・シン(李舜臣)総督はひざまずく侍を思慮深く観察していた。彼はどんな日本人にも用心していたが、直感的に、目の前の男は相手を騙そうとしているのではないと感じた。頭を動かし、ノボルに立つようにさせ、身振りで自分の机にきて座るよう指示した。それを見て彼の部下たちは怒りの声を上げたが、総督が部下たちを鋭い眼で睨みつけると、部下たちは従順に引き下がった。

総督は茶碗にお茶を注ぎ入れ、両手でこの侍に差し出した。この振る舞いは、敬意を現す振舞いである。ノボルは頭を下げて礼をし、両手で茶碗を受けた。これも外交的に正しい振る舞いであった。

「お願いだが、ひとつ教えてくれないか?」 総督は、どんな反応をするか、ノボルの顔を注意深く見つめつつ尋ねた。「日本の武士である侍が、どうして、朝鮮の言葉を使えるのか?」

ノボルは顔を落とし、ジ・エウンのことを思いながら茶碗を見つめた。

「私はかつてあなたの国の女性を愛しました。私が赤の他人でしかも外国人であるにもかかわらず、その女性は私の命を救ってくれた。美しく、聡明で、しかも愛らしい女性でした。そして、彼女は私の国の者たちに犯された後、自害してしまったのです…」

ノボルは総督の瞳を覗きこんだ。ノボルの眼は青く光り、いまだ遂げられぬ復讐心が浮かんでいた。

「…私はそのようなことを行う国に忠誠を誓うことはできない。武士としての名誉を守るための私の掟では、そのようなことは禁じられている。私が彼女を救えなかった事実は消すことはできないが、彼女との想い出を愛しむ気持ちから、彼女の国の人々を守るために自分ができることはわずかであろうが、それをしたいのです」

「そなたの名前は?」

「ナガモリ・ノボル・タケオ・ツネオです」 ノボルは深々とお辞儀した。「私の刀をあなたの人々のために使いたい」

「これは罠だ!」 イ・ヨン・ナムと言う名の大将が叫んだ。「この男は明らかに、ウェ・ノム[Weh Nom 日本人ども・蔑称]にここに送られた回し者ですぞ。我々に間違った情報を食わせるために送り込まれたやつですぞ。ジャン・グーン[Jang goon 総督]、こいつのまやかしに騙されてはいけません!」

「ダク・チ・ジ・モット・ハルッガ[Dagk chi ji mott halgga 黙ったらどうだ]? 舌をひっこめろ、イ グーン・グワン[goon gwan 大将]!」 

イ総督の大きな声にヨン・ナムは怒りつつも目を伏せ、引き下がった。総督はノボルに顔を向け、その顔を見つめた。

「あなたが私にこの情報を持ってくるのは簡単な仕事ではなかっただろう。ずいぶん危険を冒してきたはずだ。あなたの助けに私は感謝する。早速、都に進言するつもりだ」

総督はそう言いながら、背後で不満の呟き声がするのを無視した。

ノボルは、朝鮮兵士たちが悪意に満ちた視線を背後から向けてるのを感じながら、前に身体を傾け、総督にしか聞こえないように声を落として、囁いた。

「総督こそ、ご自身の直感に従うことで、お立場をかなり難しいものにしているように思われます。多くの者の意見に反する判断をすることで、お立場を危険にさらしておられる」

総督はかすかに微笑んだ。

「どうも、最近、そういうことに慣れてきておるのだよ」 

総督は立ちあがり、ノボルについてくるよう指図した。

「ついてきなさい。あなたの宿舎へ案内しよう」



[2013/07/02] 本家掲載済み作品 | トラックバック(-) | CM(0)

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