ポールの店を出て、車に戻る途中、アンジーが私の顔を両手で挟んで、火がついたような熱いキスをした。私は突然の攻撃に、つまずきそうになり、両腕をバタバタさせた。
「これ、何で?」 とやっとの思いで訊いた。
「直ちに10や20は理由を出せるわ。でも、まず最初に、これをしてくれてありがとう」
「これって? まだ何もしてないけど」
アンジーはひるまなかった。「でも、これからすることになるわね。あなたのことよく分かってるもの。絶対にすることになる。あなたの場合、何を始めるにしても、いつも必ず最後までやり遂げる人だわ。大それたことも些細なことも、全部、最後までやり遂げる。今度のも、そのひとつ。あなたのこと愛してるわ!」
その最後の言葉が彼女の唇から出た時、私はたじろいだ。大げさすぎる。ひょっとして、と彼女のことを疑った。
アンジーは、私の疑念を抱いたことを、ためらっているのだと誤解したらしい。身体をギュッと私に押しつけ、誘うように下腹部を私に擦りつけた。そして、また、あの魅惑的なチシャ猫の笑みを浮かべた。
「あなた、私の身体が欲しいのね。そうでしょう? 少なくとも月曜の夜には、そんな印象を私に与えたわよ」
これは、ダイアナと一緒にいるときに経験したのと同じダブル・アンタンドレ(
参考)だった。彼女の身体を自分のモノにする。男としてその身体を奪いたいのか、女としてその身体になりたいのか。私が一方を否定したら、彼女はもう一方を否定するだろうか? ダイアナを私のモノにした時、このことがどうしてそんなに重要に感じたのだろう? そもそもダイアナは私のモノになっているのか? それを言うなら、アンジーは私のモノになっているのか? 心の中、警報が鳴り響いた。
「身体のことについてお医者さんに会いに行こう」 と私は溜息まじりに言った。
アンジーは優しくキスをしてくれた。
「絶対あなたはそうすると確信してるわ。とても美味しそうな体つきになるわよ。たぷたぷだけど張りのあるメロンがふたつ。キュッと細い腰、そして丸々と大きなお尻! ちょうど私みたいに!」
確かに、美味しそうだ。
***
ピーター・レーガン医師のオフィスは、元巨大倉庫街の一角にあった。倉庫だったとはいえ、今はずっと高級感を増している。風通しのよいロフト風のオフィスは、全壁面が新たに明るい色に砂吹きし直され、硬材の床や扉は光沢を放ち、椅子やソファは快適そうではあるが、決してひけらかした趣味ではなく、水彩画が壁面に飾られ、金物類は真鍮製で、シダ類の植物の鉢植えがいくつも置かれていた。
天井は高く、配管されたばかりダクトが露出したままになっている。診察所という雰囲気ではなく、まさにリバー・ノース地区(
参考)のヤッピーたちが集うバーのような雰囲気だった。私は、心半分、その医者はブッチ・マクガイア(
参考)のような顔をしているのではないかと思った。
だが、実際は違った。レーガン医師は30代後半で、身長180センチくらい。濃い茶色の髪はふさふさ、どんな些細なことも見逃さない鋭い瞳、野性的なルックスだけど、笑うと北極海の氷山も溶かすような笑顔になる人だった。