「おはよう」と父親が言い、それを聞いた母親も読んでいた新聞を下げて、その上から顔を出し俺を見た。
「おはよう」と俺はコーヒーをカップに注いだ。
「ジャスティン、朝からどこに行くの?」 母親が俺の頭の先からつま先まで調べるような目で見ながら訊いた。
「トリスタに会いにコーヒーショップに行くんだ」 とあくびしながら答えた。
「あのバンは、何か問題がなかったか?」 父親は俺にウインクしながら訊いた。
「全然。すごくよく走るよ」 とコーヒーを飲みながら答えた。
「気をつけてね」 と母親は声をかけ、また新聞を顔の前に持って来て、読み始めた。
「心配いらないよ。気をつけるから」 と網戸のドアを閉め、ガレージに向かった。
バンに乗り込み、コーヒーショップに向かった。あのバカみたいな自転車を必死に漕いで行くのに比べると、車だと驚くほど速く着く。コーヒーショップの前に駐車し、エンジンを切り、車を降りた。
いったん背伸びした。今日は良い日だなと思った。それから入口へと向かい、ドアを開け、中に入った。
すぐにトリスタの姿が目に入った。テーブルからテーブルへと忙しそうに歩きまわってる。彼女も俺に気づき、俺に可愛く手を振った。彼女の方へと歩きながら、彼女の顔に笑みが浮かび、瞳にワクワクしてる表情が浮かんでいるのを見た。
「おはよう」 とトリスタは手を伸ばし、片腕で俺をハグした。もう片手にはコーヒーポットを持っているので、片腕でしかハグできなかったのだろう。
「おはよう」と俺も挨拶し、ハグを解き、すぐ近くにあった空き席のブースに座った。
今朝はそれほど客も混んでいないので、トリスタも俺の隣に座った。彼女は俺のコーヒーカップを表向きに返し、コーヒーを注いでくれた。それからクリームをちょっと入れ、かき混ぜてから俺にどうぞと差し出した。
「昨日の夜は、退屈じゃなかった?」 とトリスタは少し心配そうな顔で訊いた。
「いや。昨夜は素晴らしかったよ」 と俺はウインクしてみせた。昨日の夜、ワイン庫の小部屋でトリスタと愛撫し合ったことを思い出していた。
「ジャスティンったら…」 とトリスタは昨夜のあの小部屋でのことを思い出したのか、恥ずかしそうにうつむき、俺の手を両手で握った。
ふたりともそのまま、互いの瞳を見つめあっていた。俺は、本当にどうしようもなく、この娘に恋しているんだなと実感していた。だから、もし彼女がクラブ・カフスのことを知ったなら、俺から離れてしまうのではないかと、恐ろしかった。トリスタにすべてを話したいとは思っているのだけど、どう話してよいか分からない。
そんなことを考えていたら、ブースの横に影が現れ、俺とトリスタは同時に見上げた。
「ハーイ、お二人さん」 そこにはバルが立っていた。
俺もトリスタも一言も言葉を言わないうちに、バルは俺の隣に座っていた。俺の両手はトリスタに握られていたけど、俺の両目はバルの美しいアーモンド形の瞳に釘付けになっていた。
「ハーイ」 とトリスタと俺は同時に返事した。
「レイチェルはどこにいるの?」 とトリスタが訊いた。
「知らない。彼女、ちょっと前にどっかに行っちゃったの。だから私、ここまでひとりで歩いてきたのよ」
バルはそう言いながら、テーブルに両肘を突いて、つまらなさそうな顔をした。
トリスタは別のコーヒーカップを出して、コーヒーを注ぎ、砂糖とクリームを添えてバルの前に差し出した。
「ありがとう、トリスタ」
バルは自分でクリームを注ぎ入れた。