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裏切り 第8章 (11:終) 

***

「ねえ、レーガン医師という人、知ってる?」

土曜日の朝にこういうふうに起こされるのは、あまり好きではない。それに、ダイアナなら、例えば、「ナックルボールの投げ方、教えて?」 と訊いて私を起こすこともできるはずで、そういう質問が彼女の唇から出てきたら、それはそれで素敵だと思うのだけど……

「うん…」 と私は寝ぼけながら答えた。「でも、どうして?」

「そこの病院から電話よ。レーガン医師があなたに話しがしたいって」

「土曜日に?」 と私は受話器を受け取って、受付の人に挨拶をした。

少し経ち、医師本人が電話に出た。

「おはよう、リサ」 まるでコマーシャルでのアナウンスでもできそうな声質の声。「今日の午前中にこちらに出てくるのは大変でしょうか? 月曜午前の施術の前に、検査結果について話し合いをしたいと思ってるんです」

「何か問題でも?」

「いや、その正反対です。あなたの身体に関する限り、月曜にすることは問題なしなのですよ。ただ、どういうことをするかについて改めて確認し、承諾を得ておきたくて…」

「ええ、何とかこれから身支度して、1時間ほどでそちらに着くと思います。それで良いですか?」

「もちろん! では、またあとで」

この日の前夜、私は身体の整形のことについてダイアナに話しをしていた。ダイアナは、控え目に言っても、興奮していたと言える。彼女は豊胸について、どのくらいの大きさになるのかなどを私に訊いた。パーマ・プラストについての情報も伝え、豊胸は数週間に渡って進行することを話した。ダイアナは目を皿のように大きく広げ、私の話しを聞いていた。

「あなたの胸が大きくなるのね? ああ、すごい! 素敵よ! 私たち、これまで以上に親密になるわ」

そう言ってダイアナは私をギュッと抱きしめた。あまりきつく抱きしめるので、グルーチョ・マルクスではないが、彼女は私の背中から出てしまうのではないかと思った。

ダイアナも豊胸などの整形の道を進んできたことを告白してくれた。彼女の場合は「旧式」の方法だったけど。ともあれ、ダイアナは、私も豊胸することは、ふたりが共有する秘密がもうひとつできることであり、私がどれだけ彼女を思っているかを証明することでもあると感じたようだった。私自身は、施術に同意した時、というか仮に実際に施術したらだけど、そういうふうには思っていなかったけれど、こんなにダイアナが喜んでくれたことは嬉しかった。

私たちは、予想したより3分前にレーガン医師の診察所に到着した。受付の人はすぐに中に案内した。私は医師にダイアナを紹介し、一緒に彼の前に座った。

レーガン医師はすべて検査結果を説明し、私の身体が「卓越して健康」であると述べた。ついでに、彼自身が時間不足で運動スケジュールを守れないことを嘆いていた。

それから彼は、来たる肋骨切除、軽微な脂肪吸い出し手術、鼻形成術、目の周りの美容整形、喉仏の削除などについて再説明し、確認した。その後、それぞれについて必要な書類へ私のサインを求めた。

ダイアナは椅子に座りながらも、始終、もじもじし落ち着かなかった。話しを聞くにつれて、ますます興奮している様子。おとなしくしているというのは彼女にとって得意なことではない。とうとう、堪らなくなってダイアナは口を開いた。

「どのくらい早く注入を始めるのですか?」

私もレーガン医師も、「クリスマスまであと何日?」と聞く子供を見る親のような感じで、ダイアナの顔を見た。医師は私の方を向いて言った。

「実は、今朝あなたをお呼びした理由の一つがそれなのです。ちょっと腕を拝見できますか?」

私は左腕を出して、見てもらった。ほとんど見えないほどの突起がまだ残っていたけど、その他は何もなかった。

「これより良い結果は求められませんね。拒否反応の痕跡すらありません」

レーガン医師はダイアナに笑顔でウインクし、また私に顔を向けた。

「ダイアナさんのご質問に答えると、今すぐ開始してもよいというのが答えです。どうでしょう。それで、ご満足でしょうか?」

心臓が喉元まで上がってきた感じがした。ダイアナは私に抱きつき、アナコンダのような締めつけで抱きしめた。肋骨切除は子供でもできる仕事になるかも。医師は粉々に砕かれた骨を取りだすだけで済むから。

「それは、私の…手術の後まで待つべきじゃないのですか?」 とためらいがちに尋ねた。

レーガン医師は頭を左右に振った。

「その必要はありません。もしきょう開始すれば、受容部が月曜の朝までに整ってることでしょう。それに、パーマ・プラストによる変化は外科的な整形手術とは関係がないのです。それにもうひとつ。あなたにはできるだけ早く、ホルモン投入も開始してほしいと思っています」

「ホルモン?」

「ええ。ホルモン注入なしでも体形の増幅は可能なのですが、結果がごつごつして、人工的な感じになるコストがあります。エストロゲンとプロジェスティンを組み合わせると、身体に丸みが出てきて、豊満でより自然な姿に変わることができるのです。それにパーマ・プラストの同化促進にも効果があります」

自分の張った蜘蛛の糸に絡め取られてしまった! 陰謀を企む者たちを明るみに出すのに、もはや2日もない。いや、2分すらない。

これがラスト・チャンスだぞ! バルコニーに出て、デュバル通りを眺めることができるんだぞ。金持ちの旅行客を朝に連れ出して、午後の遅くまでビールを飲みながら釣りをし、それからスロッピー・ジョーの店でぐてんぐてんに酔っぱらって、千鳥足で家に帰ることができるんだぞ。ヘミングウェーのように。自分の船に「ぶっ壊れた水洗トイレ」と名付けることもできるんだぞ。いま、この場から立ち去れば、それでいいんだ。眉毛を元通りに太くすることもできるんだぞ。名前をトラビス・マクギーとでも変えれば、誰にも分からないって……

ただ、「いいえ、手術の後まで待ちましょう」と言えばいいんだ。そして、月曜日になったら、気持ちが変わったと……

ダイアナの瞳に浮かぶ表情は、とても期待に満ち、ワクワクしてて、愛しいものだった。こんな瞳を何年も見たことがない。ひょっとしてダイアナが怪しいかもと疑ってすらいたけど、私はどうしても彼女をがっかりさせたくはなかった。流れに任せる……

私は「了解しました」と言い、小さく溜息をついた。

つづく


[2013/09/06] 本家掲載済み作品 | トラックバック(-) | CM(0)

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