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イサベラは疲労していた。暑さと旅の埃で身体も汚れ、べたべたしていた。熱いお風呂と柔らかな寝床。何よりそれを渇望していた。
「あと、どれくらい?」
「そう遠くないわ。あなたの父親と部下たちは、コローの町のはずれにある古い修道院に駐留している。見つけるのが難しいのよ。人里離れたところにあるから。そこへの道を見つければ、すぐに行けるんだけど」
マリイは水の入った革袋を手渡した。イサベラは時間をかけて飲み、喉の渇きを癒した。ふたりの間には、以前はぎこちない沈黙時間があったが、それも今は少し和らいでいた。時々、イサベラはマリイが自分に目を向けているのに気づいた。不思議な表情を浮かべて自分を見ている。
実際、イサベラはこの年上の女性に、ある意味、興味を持っていると認めざるを得ない気持ちがあった。マリイは、とても美しく、官能的であり、かつ勝気の性格。このような個性は、生き残りのために生れたのだろうか?
マリイは14歳のときにレオンの父親と結婚した。14歳と言えば、レオンより1つか2つ年上の少女。そんな娘が父親ほどの男性に嫁いだ。しかもその男性は先妻をこよなく愛していた。そのような境遇によってマリイは今のような性格になったのだろうか? それとも、何か他の出来事があって、こうなってしまったのだろうか? そろそろ、そういう立ち入った質問をしてもよいかもしれない。イサベラはそう思った。
時が経つにつれて、イサベラはぞっとする疑念を押し殺すことができなくなっていた。本当に、父はマリイが言う場所にいるのだろうか? マリイはただこの辺りをぐるぐる回っているだけで、やがて金塊を持って逃げだすのではないか? あるいは、最悪、罠にかけようとしているのではないか?
やがてふたりは小高い丘に着いた。広大な森が見渡せる。そして、その森の中央部に崩れかけの石の塔が立っていた。イサベラの肌は、不吉な予感に、鳥肌になった。
「もうあなたは、私が与えた金塊を持ってどこかに行っていいわよ。その時の取引を忘れないで。あなたには私の前から姿を消して欲しいの」
イサベラは廃墟の塔をじっと見つめたまま、そう言った。その塔は不自然なほど静かだった。生き物の気配がまったく感じられない。イサベラは片脚を振り上げ、馬から降り、その塔へと歩き始めた。
「あんたって、どこまでウブなの? お人よしのマヌケ? どうして、あの男があんたを傷つけないと思うのよ?」
イサベラはその声に振り返った。マリイがこっちに大股で歩いてくる。
「私のお腹にはレオンの子がいるの。父はこの子は傷つけないわ。この子を使って、レオンの領地と富を操るつもりでいるから」
「他にも方法はいくらでもあるのよ、イサベラ。あの男は、何も赤ちゃんを傷つけなくても、あなたの心をずたずたにすることができるわ。あいつが異常なほどあんたのカラダに興味を持ってるのを知ってるんだから」
イサベラは、マリイの言うことに反論できなかった。
「いいの、マリイ。もう行きなさい。これは私一人で片づけるから」
そう言い、イサベラは前に店で買った瓶入りのアーモンド・オイルを見せた。
「ほとんど知られてないけど、父はナッツ類にアレルギーがあるの。父は、ちょっと触れただけで肌がかぶれるの。ひと瓶飲んだら、速やかに死んでしまえる」
「でも、あんたを行かせるわけにはいかない。…イサベラ…」
マリイのこぶしがイサベラを襲い、驚く間もなく、痛みにすべてが真っ暗になった。
倒れたイサベラを、マリイは頭を振りながら見下ろした。
「あんたは、ほんとにウブなお馬鹿さん。守ってやらなきゃダメでしょう。とりわけ、向う見ずな自分自身から守りなさいよ」