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裏切り 第9章 (2) 


身体的な移行は驚くほど簡単だった。でも、精神的な移行はそれに比べてずっと難しかった。もはや前の自分には戻ることがないことをきちんと認識すること。それは難しかった。怒りや苦悩を乗り越えるのに、しばらく時間がかかった。どうしたら、以前の自分をすっかり捨てることができるのだろう?

だけど、結局、捨てることなどないと悟るようになった。知的には、以前と全然変わらない自分である。ほとんど同じ仕事をしているのだから。

外見は変わった。そして外見に対する知覚も変わった。自分自身に対する知覚も他の人からの知覚も。感情も変わった。部分的にホルモンのせいもあるだろう。

しかし時間が経つにつれ、全体的に見て、得るものが多く、失うものは少なかったという認識になっていった。チョコレート・サンデーのことを思い出して? 毎日それを食べることができて、しかも飽きがこなくて、さらに全然体重が増えないとしたら?

術後の回復期間が終わり、仕事に復帰した。自分でも素早く気持ちを切り替え、仕事に集中できたことに驚いた。回復期間中、私はCNNとCNBCを見続けた。合衆国の西部地域とカナダで干ばつが続いているというレポートを読んでいた。仕事に復帰するとすぐに、私はテレビに出ていた農民団体と話しをするためフライトの予約を取った。

現地の農民から状況がどれだけ酷いか、じかに聞きとった。企業が所有しているマスコミの甘ったるい報道では分からない現状を掴んだ。その後、早速オフィスに電話し、冬場の小麦の先物取引について、パックマンのごとく買い漁るよう指示した。1ヶ月後、農業省が、干ばつのため生産が20%落ちると発表した。小麦と言う黄金色の収穫物は、私たちには本物の黄金になった。冬場の小麦相場が高騰したからである。

アジアの鳥インフルエンザの流行がどれだけ悪影響を持つか、言いかえれば、このアメリカでの鳥肉の価格にどれだけの影響を与えるか、たいていの人は予想していなかった。だけど、これは実に単純なこと。鳥インフルにより家禽類の数がかなりのパーセントで減るとなれば、中国は感染していないニワトリで自国内の食料をまかなう必要が出てくる。その数は膨大になるだろう。私たちは早速、家禽類の先物を買い漁った。表向きは、私たちが鶏小屋を守るキツネのフリをして見せていたけれど。

端的に言って、中国が風邪をひいたら、世界の他の地域は鼻水を流し始める。だから私たちは先回りしてティッシュー売り場に急いだと。そういうこと。

原油取引はもちろんだけど、このような取引のおかげで、今年は、私たちの会社つまりSTG社にとって過去最高成績の年になった。と言っても、まだ半年も過ぎていないのだけど。

今年は、クリスマスのボーナスは社員の誰もを笑顔でいっぱいしていて、社員はSTGを「サンタさん」と思っている。戦略的トレーディング部門の社員たちは私の本能を不気味だと言っている。トワイライト・ゾーン的なものだと。また、彼らは、まるでランスが社を去っていないようだとも言っていた。ランスは自分のクローンとして私を作りだしたのではないかと言うのだ。どうやってかは知らないけれど。

そういう時、私はただにっこり笑い、素敵なお世辞、ありがとうと言う。そうは言っても、別に彼らをバカにしているつもりはない。実際、私は彼らの何人かと3年は一緒に働いてきているのだから。彼らはただそれを知らないだけだから。

私は先物トレーダーとしてこれだけ成功でき、幸運の星の元に生れたと感謝している。でも、陰謀者の割り出しの仕事については、サム・スペード(参考)にはなれていない。メモリアル・デイは2週間先に迫っていたけど、陰謀者の割り出しには手術の前から一歩も進展できてないように感じていた。

アンジーと私はファッションショーのリハーサルを繰り返していた。ダイアナはロサンジェルスにいる知り合いの女の子に会いに行っていた。でも、ショーには充分間に合うよう帰ってくると約束してくれた。ダイアナがロスに行ったことについて、ポールはまったく心配していなかった。これまでもいくつもショーに出演してきたベテランのダイアナのことだから、ポールがどうしてほしいと思ってるかダイアナはちゃんと分かっていると自信を持っているようだった。戻ってきた後は、「高速で追い付いてくるはず」と。



[2013/09/25] 本家掲載済み作品 | トラックバック(-) | CM(0)

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