心臓が止まりそうになった。皆さんは私のことを初期の心臓病にかかってると思うかもしれない。でも違う。
そこにはジェフ・スペンサーがいて私のことを見ていたのだった。彼の瞳は私と同じ青い眼だけれど、まるで捕食者が獲物を見つけたようにギラギラしていて、私のことを見定めている。ヒールの高さは15センチ近くあるのに、私は彼を見上げていた。
「どうしても目を逸らすことができなくてね。君はここにいる中ではいちばん綺麗だと思う」
え? ずいぶん物腰が柔らかい…。いいえ! あなた、ほんとうに高校を出たの?
そうか、こういうことね? ジェフは、この場所、この瞬間を選んだと。シカゴのエリートが集まるこの場所で、私が男であることを「バラす」と……。
頭の中で床からジェフの股間までの距離を測った。揺らぎやヒールの高さを考慮に入れ、加えて、膝を蹴り上げた時の力とスピードを計算した。ええ、まさにそういうことをすべき。ソプラノ声になるのよ。とうとう、こいつが現れた……。
「まあ、どうして? ありがとう」 私は、このお世辞に対する応答にふさわしく、さも感激した感じで返事をした。「私たち、前に会ったことがあったかしら?」
「もし会ってたら、絶対に忘れることはないけど」 と彼はおべっかを使った。「自己紹介させてください。僕はジェフ・スペンサーで…」
「もちろん…あなたのことは知ってるわ。テレビで見たことがあるから。でも、これは言いたいわね。テレビカメラのアングル、あなたのことを正当に映してないわ」
でも私は正当にちゃんと見るべきところは見ている。ちょっと言い訳させてね、スポーツ専門テレビさん。あなたたち、ちゃんと見せるべきところを見せてないわよ。正当じゃないわ。スポンサーは、ウインナ・ソーセージ会社じゃなくてウィーン少年合唱団にしたら?
「正当性について言えば……」 とジェフは流れるように次の話題に移った……
本題が来たわね……
「…あなたのような素敵な女性を、シャンパン・グラスを空にしたまま立たせておくなんて、犯罪行為そのものだと思うのだが…。僕たちふたりでウェイターを待ち伏せして、この件で脅迫し、大金を巻き上げるというのはどうだろう?」
そういう段取りなわけね? 私をどこかひと目につかないところに連れて行き、著名人の前で私のことをバラすとほのめかして、私を脅かすと。あなたは、私が思っていたより賢いようね。いいわ、その話しに乗ってあげましょう? ひょっとしたら、あなたが誰と組んでるかも吐かせることができるかもしれないし……
「ええ、そうしましょう!」 と私は嬉しそうな声を上げ、彼の腕に腕を絡ませた。「そもそも、ここのウェイターたち、私ばかりでなく他の人にも気を使っていないもの。ちょっと、ひと騒動、起こしてもいいかも」
信じてほしいけれど、このとき私がした行動は、ちょっと澄まし顔で笑みを見せ、腰を少し振っただけ。でも、心の中では叫び声を上げていた。
この角度だと、ヒザ蹴りの作戦は使えない。彼の腕を素早く捻り上げることができるなら、別だけど。でも、ここにいるのはゴジラのような巨体の男。そうなったら私のことをブドウを握るように握りつぶすことができるだろう。
でも、ちゃんとタイミングを計ったら、私のスティレット・ハイヒールで彼の足を踏みつけ、床に釘づけにできるかもしれない。超シックで、超バカ高で、超極細ヒールのブルーノ・マリ(
参考)のハイヒールで。そうやって、あなたにもっと高音域で歌わせるわよ!
どういうわけか、ウェイターたちは、別に部屋の後ろに隠れているようにも見えなかった。私は、このシャンパンの罠の本当の意味を瞬時に理解しなかったようだ。
ジェフとふたりで非常口のドアを出てた。ドアを閉めるとすぐに、私は身体を翻して、ジェフと面と向かった。いきなり私の顔面にこぶしが飛んでくると思ったから。
でも実際は、私の顔には、いや、口には…彼の唇が来ていた。そして舌も。私は両腕を振り回していたが、効果はなかった。壁に押し付けられている。