ようやく入場のための支払いをする順番が来た。押されるようにして前に進むと、あたしたちの前に男がふたり立ちはだかった。おそらくクラブの用心棒の様子。
ひとりは荒くれバイカーのような人で、黒い髭を長く伸ばしていて、ZZトップ(
参考)の人を思い出させた。大きな人で、たぶん185センチくらい。胸とお腹のあたりが出ていた。その乱暴そうな顔つきから、この人が持ってる、この店の平安を保つ能力が分かる。彼はあたしのことをじろじろ見ていた。頭からつま先まで。特にあたしの胸とミニスカートのところに視線を長く向けてる。しっかり目の保養をした後、彼はフランクからお金を受け取った。
「よう、フランク。お前の連れは誰だい?」 と彼はあたしを指差した。
フランクはニヤリと笑いながらあたしを振り返った。
「ただの淫乱さ。ちょっと今夜、一緒に楽しもうと思ってね」
フランクの口からこんな言葉が出てくるのを聞きながら、顔が真っ赤になるのを感じた。もう、この変態からこんなこと言われるなんて!
「いいぞ、そろそろ、お前がここにイイ女を連れてくるころだと思ってたぜ」 と用心棒は笑った。
それを聞いてフランクの変態仲間たちが笑っている間、フランクはもう一人の用心棒を指差した。
「あんた、まだ、あの知恵遅れと一緒にやってるようだね」
その用心棒をみて、あたしはハッと息を飲んだ。この人に比べたら最初の用心棒でも、ちっちゃいと言えるかも。少なくとも2メートルはある。身体のどこをとっても巨大だった。肩も胸板も、腕までも。シンプルなTシャツに包まれた筋肉は、ちょっと身体を動かすたびに鋼鉄のようにピクピク動いている。
この人は、もう一人の用心棒とは違って、肥満ではなかった。お腹は平らだし、服の上からも固い腹筋の山が連なっているのが見えるよう。でも、一番、注意を惹く特徴は、その人の顔だった。ブロンドの髪を短く刈って、横に流していて、髭も綺麗に剃ったハンサムな顔。それに彼の瞳……深い海のような青い瞳。まるで心がここにないような眼。ひとめ見ただけで、この人はまだ子供なのだと思った。……巨人の身体をした子供…。優しい心の巨人。
「ああ、あいつはまだここにいるんだ。どうしてか俺は知らんが。まったくの役立たずだぜ」
男たちは一斉に彼を見て大笑いした。最初、どうしてこの人はみんなにこんなこと言わせてるのか信じられなかった。どう見ても、彼の方が強くて、ここにいる人をみんな従わせることなど簡単なのに。でも、彼の瞳を見ると、この人はそういうことをする人でないと思った。…ハエ一匹、殺さない人。彼は無表情のまま、虚ろな眼をしながら、ただ突っ立っていた。
「多分、店は、こいつのデカイ身体だけで雇ってると思うぜ。こいつのことを知らないバカどもなら、ビビるだろうからな」 と最初の用心棒がまた笑った。
「でも俺はビビらねえぜ。こいつはただの知恵遅れ。みんな知ってるぜ」
こんな卑しいことを言うフランクにあたしは腹を立てた。でも、別にフランクがこんなことを言うのを驚いたわけではない。だって、フランクこそ、大馬鹿だから。
フランクは優しい巨人のところに近寄って平手で彼の顔を乱暴に叩いた。自分は怖がっていないと示してるつもりなのだろう。他の人だったら、そう言うことをされたらフランクのあごに一発お返しすると思うけど、この用心棒はただ立っているだけだった。フランクの方を見もしないで。
その後みんながメインフロアへと進み始めたけど、あたしはちょっと悲しくなってあの大きな用心棒を振り返った。すると彼の方もあたしを見てるのを見た…他の人のようにあたしの身体を見てるのじゃない……あたしの目を見ている! ビックリしてしまった。というのも、突然、ほんの一瞬だったけど、彼の瞳に知性が見えたから。その知性の輝きはすぐに消えてしまったけど、消える前にちょっとだけ彼の口元が歪んで笑みを浮かべていた。親しみのある笑みで、彼の清楚な表情と相まって、あたしはちょっと暖かい気持ちに包まれた。