ステファニはちゃんと俺の命令に従ってるだろうか? それを確かめようと、何気なくポケットに手を入れた。途端にステファニの顔に恐怖の表情が浮かんだ。ちらっちらっと旦那とブラッドの顔を伺って、その後、俺へと視線を戻す。顔を小刻みに振っていた。必死になって、俺に「ダメっ!」と伝えようとしてるのだろう。
俺はポケットの中、小さなプラスチックのリモコンを触ってた。その装置の上部に指を伸ばし、親指と人差し指でダイアルをつまんだ。そして、食卓の向こう側に座るブラッドの母親の緑色の瞳を見つめながら、少しだけダイアルを回した。
取りみだした感じは元のままだが、それ以上の反応は顔に出ない。俺はさらにダイアルを回した。
突然、ステファニが大きく目を見開いた。唇を開き、何かを間違って飲み込んで咽たような喘ぎ声を上げた。握っていたフォークをテーブルに落とし、両手にこぶしを握った。
「おい、大丈夫か?」 と旦那が言い、立ちあがってステファニの元に駆け寄った。
俺は即座にリモコンのスイッチを切った。ステファニはハアハア荒い息をしながら目を上げ、俺の目を見た。
「ええ、ちょっと何かに咽てしまったみたい」 とステファニはテーブルから立って、自分の食器をシンクに運んだ。
ちょうどその時、電話が鳴った。ブラッドの父親が電話に出た。そしてブラッドに彼女から電話だぞと言った。
「俺の部屋で受けるよ」 とブラッドは椅子をテーブルに押し戻し、階段を駆け上がった。
俺はブラッドの父親と、テーブルについたまま、ステファニが食卓を片づけ始めるのを見ていた。ステファニは、流しに食器を運び、テーブルに戻ってくるたびに、俺を刺すような目で睨みつけた。やがてテーブルの食器は片づき、ステファニはシンクで食器を洗い始めた。
またステファニを試したくなったので、注意深くポケットに手を忍ばせ、リモコンのダイアルに触れた。指先でダイアルを回し、卵型のリモコンバイブを作動させる。その途端、ステファニが全身の筋肉を緊張させた。まっすぐに立っているが、流し台にしがみついて堪えている。
ステファニは息を止めて耐えているのだろう。何も声を出していない。だが、あまりに強く流し台にしがみついてるために、両手から血の気が失せ、関節部分が白くなっていくのが見えた。その反応を見て、ステファニがちゃんと言うことを聞いているのを確認したので素早くバイブのスイッチを切った。
俺はブラッドの父親と野球についておしゃべりを始めた。一方のステファニは洗い物を終え、ちらちら俺の方を見ていた。その顔を見ると、顔色が明るいピンク色に染まっていた。俺たちがスポーツの話しをしてる間、ステファニはクローゼットへ行き、新しい布きんを出した。
ステファニはその布きんを持ってシンクに戻り、食器を拭き始めた。その姿を俺はじっと見ていた。ステファニはサラダのボールを拭き、それを仕舞おうと食器棚を開けた。ポケットに手を入れたまま、ステファニが食器棚の一番上にガラスのボールを仕舞おうとつま先立ちになるのを見た。そして、その時を狙って俺はリモコンのダイヤルを回した。
突然、ステファニは凍りついた。全身の筋肉が震え、それと同時にボールが流し台に落ちた。幸い、ボールは布きんの上に落ちたので割れはしなかったものの、かなり大きな音が鳴り響いた。
「おい、いったい今日はどうしたんだ? すごくぎこちないぞ」 とブラッドの父親が立ち上がり、「俺は試合を見ることにするよ」 とテレビが置いてある小部屋へと歩いて行った。
ステファニはこっちを向いて、しばらく黙っていた。そして、旦那がテレビをつけたのを確かめてから、俺に近寄り、囁いた。
「いいかげんにして! やめてよ!……いったい私に何をしようとしてるの?」 とステファニはポケットに手を入れた。
「ほら、これ!」 と彼女はポケットの中から折りたたんだ紙幣を出した。
「ちゃんと俺を理解してるか確かめただけだ」 と俺は優しく言い、紙幣を広げた。「……これだけ?」 カネは100ドル札2枚だけだった。
「これで精いっぱいなのよ」 と恐れてるような表情を目に浮かべながら言った。「だから、もう帰って」 と玄関を指さした。