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ベル博士の声明文が公表された2週間後。ビリーが職場で、この4半期の売上についてプレゼンをしているとき、不思議なことが起きた。急に声が変になったのである。彼は咳払いをし、プレゼンを続けた。
「そして本4半期の当社の売上高は…」
声がちょっと高くなった? 彼には分からなかった。
そんなことが2日ほど続いた後、メアリが何か言った。ビリーとメアリは夕食を食べていて、ビリーがその日の出来事を話していると、メアリが話しを遮ったのである。
「あなた、風邪か何かにかかったの?」
「いや、なんともないよ。…どうして?」
「ちょっと、あなたの声が高くなったかなって。まるで……」 とそこまで言いかけて、メアリはやめた。「いえ、ただの思いすごしよね。あなた、さっきの話し、何だったかしら?」
ビリーもその話題を話す気持ちはなかった。彼自身も、声が高くなったのではないかと思っていたのである。だが、その事実に直面したくなかったのである。だが、その数日後、電話に出た時、否応なく事実に直面することになる。電話の向こうから、「ご主人は御在宅ですか?」 と聞かれたのであった。
ビリーは確かめることにし、病院に行った。だが、医師はどこも悪いところはないと言った。ビリーはどうでもいいやと肩をすくめ、じきに直るだろうと、それまでどおりの日常の生活を続けた。
1ヶ月経っても、声は直らなかった。だが、その時までにはビリーは自分の声に慣れてしまっていた。もっと言えば、彼の友だちの大半も声が高くなったようなのである。というわけで、何も日常から逸脱しているようには思えなかったのだった。ビリーは、この甲高い声はベル博士の仕業かもしれないと思ったが、それ以上の変化があるとは考えられなかった。
ビリーは間違っていた。
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2ヶ月後、ビリーはシャワーから出て、曇った鏡を手で拭いた。変だなと、鏡の中の自分の姿を見て思った。顔が前より滑らかで、ちょっと丸みを帯びたように見えた。手で頬を撫でた。そう言えば、しばらく前から髭を剃らなくてもよくなっていたなあ。少なくとも2週間くらい剃っていない。だけど、困ったことじゃない。そもそも、髭剃りは面倒で、嫌いだったから。
歯を磨き、バスルームを出て、着替えをするために寝室に入った。ズボンに脚を通して、彼はちょっと止まった。あれ? お尻が大きくなったか? 彼は鏡の前、後ろを向いて、自分のお尻を見た。ちょっと腰を動かすと、尻が少し左右に揺れた。ビリーは、ジム通いをもっとまじめにしなければと思った。
着替えを終え、ビリーはズボンが少し長くなってるし、腰回りも緩くなってるのに気づいた。仕事着を買いに行かないといけないなと彼は思った。
ビリーは再び、それ以上考えるのをやめ、さらに2週間ほどが過ぎた。腰にタオルを巻いて寝室を歩いていた時だった。メアリはベッドに座って本を読んでいたが、ちょっと顔をあげて彼を見たのである。
「あなた? 最近、鏡を見た?」
ビリーは立ち止りもせず、「いつも通り、ハンサムだろ?」 と答えた。
「真面目に聞いてるの」
ビリーは顔を向けた。メアリの目に心配そうな表情が浮かんでいる。
「どうかした?」
「いえ、別に。ただ、何と言うか……あなたの体つきを見てみて」
ビリーはタオルを床に落とし、鏡を見た。自分の身体をまじまじと見るのは久しぶりだった。そして、見てみて、唖然とした。
ウエストが細くなって、腰が少し膨らんでいる。横になって、横からの姿を見ると、お腹が、平らではあるものの、丸みを帯びてるのに気づいた。姿勢も変わっている。さらにお尻が前より突き出ているように見えた。上半身も同じように変化していた。肩幅は狭くなり、筋肉らしいものがなくなっていた。
「僕は……」 ビリーは、その気持ちを表現する言葉が見当たらなかった。
「あれが始まったんじゃない?」 とメアリが言った。「あの気の狂った博士が起きると言ったこと。やっぱり本当だったのよ」
ビリーは何も言えなかった。ただ、そのまま床に崩れ込み、女のような声で啜り泣きをした。メアリは彼のそばに寄り、腕を回して抱き寄せた。
「大丈夫、大丈夫。一時的なものだと思うわ。それに絶対に治療法が研究されているはずだから」
ふたりは床に座った。メアリは子供をあやすように、ビリーを両腕で包み込みながら、何時間も彼の耳元に安心させる言葉を囁き続けた。