その夜、マーク、ジェニー、テレンスの3人は夕食の席で、必然的にこのニュースを話題にした。
テレンスが言った。「俺はこういうヤツらが大嫌いだなあ。こいつら、俺たちの抱える問題が、すべて、黒人であることが原因であるように振舞っている。いや、俺は人種差別にあったことがないとは言ってないよ。いや、実際、差別にあった経験はある。だけど、こういうヤツらが言ってるほど、広範囲に起きてるわけじゃないんだけどね」
「でも、この人の言ってることには一理あるんじゃない?」とジェニーが答えた。「あなたたち黒人は過去に辛い時代を経験してきたわけでしょ。単に奴隷制のことだけじゃなくって。人種隔離政策とかいろいろ……」
「でもさあ、この人によると、僕たちが一度も会ったことがない人たちがやったコトで、僕たち全員が罰を受けるべきだということにならないか?」 とマークが訊いた。
「白人は全員が悪魔だとかレイシストだとか、そういうのはないと思うんだよ。そういうステレオタイプ的な見方は、他の人種へのネガティブなステレオタイプと同じく、悪い影響しかもたない。白人も人種差別の標的にされることだってあるしね」 とテレンスが言った。
ジェニーが答えた。「いずれにせよ、この人、気が狂ってるわ。彼が書いた声明文を読んだ?」
テレンスとマークがくすくす笑った。そしてテレンスが言った。「なんだかなあって感じだよ。マーク、君は一夜にして、可愛い女の子になっちゃうのかい?」
3人ともいっせいに大笑いした。マークは腹をとんとんと叩きながら言った。「いやいや、俺は痩せられていいかも」
「笑わないで」とジェニーが口を挟んだ。「本当に、あなたはジムに通わなくちゃいけないわよ」
「分かってる、分かってるって。月曜から始めるよ」とマークは答えた。
マークはこの3年ほど、ちょっと気を緩めすぎており、かつてのスポーツマン的な体つきがいささか弛んできていた。身長180センチで体重100キロの今、ちょっとは(いや、たくさん)体重を落とさなければと思っていたところだ。
3人はその後、おしゃべりをしたりワインを飲んだりしながら楽しい夜を過ごした。ジェニーとテレンスは仲良くやれそうだなとマークは思った。このことが彼の気がかりだったからである。結局、その夜3人は明け方近くまで飲み、そして眠りについたのだった。
*
何日か経ち、3人はすぐに一定の生活リズムに落ち着いた。テレンスが引っ越してきてから1週間後、マークは地元のファッション雑誌の仕事を得た。本当は写真報道の仕事が良かったのだが、仕事にあぶれてる身としては選択などできないと諦めた。ファッション誌の仕事は(現在、それをしている年寄りのカメラマンが退職する)2ヶ月先までない。だが新聞社からの退職手当のおかげで、あと3ヶ月は生活ができるので、マークはさほど
心配していなかった。
マークは面接のあった日の夕食時、ジェニーに仕事のことを話した。この家での習慣として、テレンスも話しに加わった。
「ということは、毎日、半裸のモデルたちに囲まれる職場になるわけか? アシスタントが必要じゃない?」 とテレンスがニヤニヤしながら訊いた。
マークは肩をすくめた。「多分、必要かも」
「でも、新聞社の仕事よりペイが低いんでしょ?」 とジェニーはテレンスの言葉を無視して訊いた。
「ああ、でも、半年後には昇給があるんだ。さらに1年後にはもう一度昇給があるはず。そこまでいったら、新聞社での仕事とほぼ同じペイになるよ」
「そう。おめでとう、あなた!」 とジェニーは笑顔で言った。そしてマークに顔を近づけ、頬にキスをした。
そして小声で囁いた。「でも、そのモデルたちに目を向けたら、あなた、後悔することになるわよ。うふふ」 と笑って、腰を下ろした。
「うーむ。でも、写真を撮るわけだから、どうしても目を向けなくちゃ」
「私が言ってる意味、知ってるくせに」
「でも、もし…」 と何か言いかけた時、マークの声が変わった。彼は咳払いをして、「もし……」と続きを言いかけたが、再び咳払いをしなければいけなかった。
「おい、大丈夫かい?」 とテレンスが声を掛けた。
「ああ、ただ……」 マークは驚いて、居心地が悪そうな顔をした。「声がちょっと高くなった感じで」
「確かに」 とテレンスが言った。
それから5分ほど沈黙が続いた。彼らが何も言わない時間がこんなに続くのは珍しい。その後、テレンスは
「ひょっとして、お前、例の可愛い女の子になりかかってるのか、えぇ?」
と言い、笑いだした。
この一言で緊張がほぐれたようで、3人とも大笑いをした。この部屋で、テレンスの笑い声だけが、男性的な笑い声だった。