ダイアナかジェフが何か言いだす前に、私は急いでダイアナを引き連れ、バックステージに戻った。ダイアナは私をぐいっと引っぱり、前を向かせた。彼女、私の顔を見て、何かについて私の心を「読みとろう」としていた。でも、その「何か」が何であれ、その場で、それについて話しを聞く度胸は私にはなかった。私はダイアナの唇に人差し指を立てて、ちょんちょんと軽く叩いた。ダイアナを黙らせるためでもあり、私が考えをまとめる時間を稼ぐためでもあった。ようやく、考えがまとまり、私は口を開いた。
「今は……今は、やるべきことだけをやってくれればいいの」 と諦めた感じで呟いた。「そのことを私に説明なんかしてくれなくていいの。ただ、やってくれればいいだけ。それが何であれ、そんなことのためにあなたが傷つくなんて、そんな価値はないことよ。あなたが傷つくことの方が、何より私を傷つけるの。神様に誓ってもいいわ。もしジェフがあなたを傷つけたら、私、個人的にあの男を追跡して、殺すつもり。あなたが、何と言おうとも、全然、気にしない」
ダイアナの目にみるみる涙が溢れてきた。彼女は私の頬を優しく撫で、私の唇に軽く唇を重ねた。
「あなたを愛してるわ」 彼女はそう呟き、後ろを向いて、着替え部屋へと駆けて行った。
私たち3人は、ステージに出るたびに、出る順番を変えた。最後のステージでは、ダイアナ、アンジー、そして私の順番。ダイアナは、豹柄のビスチェ風(
参考)の子羊革製コルセットとそれにマッチしたソング・パンティ(
参考)を着て、首輪と肘までの長さの手袋を嵌め、太腿までの丈のスティレット・ブーツという衣装だった。
続くアンジーは、ショッキング・ピンクのビスチェ風のエナメル・コルセットのミニドレス。胸元が大きく割れている。それに薄地の黒いシーム付きストッキングと、ショッキング・ピンクのエナメル製プラットフォーム(
参考)のサンダル。ヒール高は16センチだった。
そして私はというと、靴はアンジーと同じスタイルだけど、足首を捻ってよろけそうなくらい高いヒール。色は黒のエナメルで、同じくエナメルの赤い炎のアップリケがついている。コルセットは胸元がとても深く割れていて、もし、息を大きく吸ったら、乳首がはみ出てしまいそうなほど。でも、それは問題ない。というのも、ウエストを48センチまでキツク締めつけていたので、息を大きく吸うなんてあり得なかったから。ヒール高16センチのスティレットで小股で歩いていたけど、酸素不足で頭がくらくらしそうだった。
観客の大歓声が轟音のように響いて、音楽がほとんど聞こえなかった。私たち3人とポールも交え、ステージ中央にみんなで手をつないで並び、そしてお辞儀をしてから、バックステージに戻った。
「急いで、ダイアナ」とポールが急かした。「君には、すぐ着替えて、ウェディング衣装でステージに出てほしいから」
「素敵! ちゃんとするから大丈夫。ポールは前に舞台前に出て、キティとショーを楽しんで。舞台裏のこっちは私たちに任せて。オーケー?」
ダイアナはポールを追い払った。私は柱に寄りかかっていた。目の前に黒い斑点が踊ってる。私が具合悪くなっているのに、アンジーが気づいたみたい。
「可哀想に! その衣装、殺人的なのね。さあ、こっち。化粧台の前に座って、休んで。あなたはどうか知らないけど、私はもう喉がカラカラ。ダイアナ? みんな、何か飲み物、ないかしら?」
ええ、大丈夫。ただ、座ればいいのね。でも、この衣装を着ていると、ただ座るというのも言うほど簡単ではなかった。からだを曲げることも難しい。何とか腰を曲げて、椅子の恥っ子にお尻を乗せた。立ち上がることも、動き回ることもあんまりできない。
休んでいると、私の携帯がしつこく鳴っているのに気づいた。携帯はハンドバックの中。これはランスの名前での携帯。見てみると、10回以上も電話があったのに気づいた。
「大丈夫ですか?」 電話は私の弁護士からだった。叫んでいる。「この2時間ほど、ずっと電話をしてきたんですが。何事もないですか?」
「ええ、特に何も…」
「でも、声の調子が変ですよ。息切れしているような。甲高い声になっているような……」
「あ、ああ、ちょっとマラソンをしたばかりだったので。いまは呼吸を整えているところです」
「いま、どこか、公共の場所にいるんですか? たくさん人がいるような場所に?」
「ええ、どうしてですか?」 と私はうんざり気味に応えた。
「これからお話しすること、本当に注意深く聞いてください」 と弁護士はゆっくりと言い聞かせるような口調になった。「すぐに家に戻ること。そしてドアをロックして、家の中に留まっていること。おひとりで。先ほど、調査員が、ジェフ・スペンサーと彼が接触している女性との電話を傍受しました。その女性が、行動する準備完了と言ったそうです。すべて計画通りだと。ランスさん? その女性はGHBを手に入れたと言ってます。彼らはあなたに薬物を盛る計画でいます。クスリを盛って、その後、何かするつもりでしょう。何も食べたり飲んだりしないこと! よろしいですか?」
その時、アンジーとダイアナが戻ってきた。アンジーは手にシャンパンが入ったフルート・グラス(
参考)を2つ持っていた。ダイアナはひとつ。私は目を泳がせるようにふたりを見ていたと思う。見ているものが信じられないように。
「もう行かなくては。後で電話します」と電話口に言い、携帯を閉じ、ハンドバッグに戻した。
アンジーが私にフルート・グラスを手渡した。私は、まるで蛇でも扱うように、注意深く、受け取った。アンジーは不思議そうに片眉を上げて私を見た。