「何か重要なこと?」 とアンジーは歌うような調子で尋ね、私が閉じたばかりの携帯電話に目をやった。
「いや、もう大丈夫」 と気弱に答えた。
私は、完璧に打ちひしがれた気分だった。アンジーとダイアナはふたりとも、無邪気に私のことを見ている。アンジーがグラスを掲げた。
「さて、何に乾杯する?」
私は何も考えられなかった。歴史上の誰も、グラスを掲げて、「裏切りに乾杯!」と言った人はいないと思うし、私がそれを言う最初の人になるつもりもなかった。その時はどうでもいい気分だった。ただ肩をちょっとすくめて、グラスをくるくる回して見ていた。……モエ(
参考)のホワイトスター、エクストラ・ドライか…。まあ、乾杯したいなら……そうね、今の株価とか、ドルの為替値とか?
ボーっとした感じで上の空になっていた。この世に興味がなくなったみたいに。
ダイアナは今まで見たことがないほど美しかった。彼女は、結婚式を模したショーの花婿の役になっている。黒いタキシード・コートを着て、黒いサテンのボータイを締め、オールド・ファッションのトップハットをかぶっていた。そして、その下には、キュウキュウと締めつけた黒エナメルのコルセットを着て、脚には黒い網ストッキング、そして黒エナメルのプラットフォーム型サンダル。足首でストラップで留めるデザイン。
「花嫁」の方は、SM用の木馬に覆いかぶさっていて、両手、両足ともしっかり拘束され、誘うように脚を広げている。ウェディング・ドレスはあまり似合っているとは言えない。わざとチープでまがい物ふうにしている。いずれにしても、お尻のところが捲り上げられているし、似合っていないからと言っても意味がない。お化粧は女の子っぽい感じにはなっていても、この「花嫁」の薄汚いイメージが和らぐわけではない。
一方のダイアナの方はと言うと、まさに神がかったような美しさ。その表情は、彼女の長年の念願が叶ったような顔をしていた。
………私は、ダイアナの20センチのクリトリスに何度も何度も愛されてきたので、あれを入れられてる時のアノ感じがよく分かる。あそこを彼女のアレで抜き差しされるアノ感じ! その1ミリ、1ミリの動きがはっきり視覚化できるほど。
ビリー・アイドルの「ホワイト・ウェディング」の曲に合わせてカーテンが上がった。ステージで行われている行為を見て、ゲイの男性が圧倒的多数を占める観客が大歓声を上げた。ダイアナは「花嫁」のアヌスに怒りにまかせた出し入れを続け、この「結婚」の儀式を祝っているのだ。
観客を見ると、その中にスーザンの顔があるのが見えた。恐怖と不快感をあらわにした顔をして見ている。変なの! スーザンは、この究極の勝利の瞬間を楽しむとばかり思っていたのに。
一方のジェフ・スペンサーの方は、この瞬間を貪るように楽しんでるのは確かだった。その顔にはまぎれのない喜びの表情が浮かんでいて、ダイアナに突かれるたびに嬉しそうに声を上げている。彼の人並み外れた巨大なペニスは、最大の30センチまでに雄々しく勃起し、ダイアナに繰り返しアヌスに突き入れられるのに合わせて、SM木馬の脚の間から顔を出したりひっこめたりを繰り返した。ダイアナが、ジェフにこれをして楽しんでるのは間違いなかった。私は、ふたりを見ながら、ダイアナに入れてもらってるときのことを思い出し、少なからず、今のジェフが羨ましいと、嫉妬を感じた。
曲が終わりにさしかかるのに合わせて、カーテンが降り始めた。幕が下りると同時に、舞台の反対側からチャンタルとミミが出てきて、ダイアナのところに駆け寄り、彼女をジェフから離し、出てきた袖口へと連れて行った。
アンジーは私にしがみつき、抱き寄せた。そして私と一緒に近くの袖口から舞台の外へ出た。私は可愛いラベンダー色のスエード・スーツを着てミュールを履いたまま。アンジーは白のスーツ。3か月前のあの月曜日の午後の時もアンジーは同じ衣装を着ていたけれど、今の方がずっと似合っている。
「リサ? あの子たちがダイアナをここから逃がすことになってるの。私たちも姿を消した方がいいわ。今すぐに!」
私とアンジーは横のドアから外に出て、劇場の中二階のバルコニー席に入った。
劇場は修羅場のような大騒ぎになっていた。ホテルの警備員やシカゴ警察の警官たちが、いたるところ駆けまわっている。ほとんど服を着ていない逃げ惑う「モデル」たちを探しているのだった。公然の場でわいせつな本番セックスを見せてしまったのだから、当然だった。
駆けまわっているのは警官たちだけではなかった。報道のカメラマンや撮影隊たちも、締め切りに間に合うようにと駆けまわっていた。こんなスクープだったら、編集者やプロデューサたちは何でも用意してくれるだろう!
その大混乱の中、ちょっと化粧が濃いけど魅力的な若い女性がふたり、悠然とホテルの中を進み、ミシガン通りの出口に向かっていた。そのふたりのうちのひとりはちょっとばかりお酒を飲みすぎている様子だった。
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