ノボルが出て行った後、ゲンゾウは不快そうに鼻にしわを寄せた。このペントハウスは広く、6000平米近くあるものの、どこに行ってもセックスの匂いが漂っていた。
「ああ?」 とゲンゾウは下を見た。小さな子猫が彼の荷物に身体をすりすりしているのを見て、彼はしゃがみ込んだ。
「コンバンハ、カワイコチャン[Konbawa, ichiban](訳者注:作者は "ichiban: little one (Japanese)"と注をあててるが、これは間違いである)」
そう優しく声を掛ける。その猫はあまりに小さく、彼は片手で抱き上げることができた。手のひらの中、猫が仰向けになり、彼を懇願するような目で見るのを見て、ゲンゾウは顔をほころばせ、子猫のお腹のところを優しく撫でた。猫は目を閉じ、嬉しそうにゴロゴロ喉を鳴らした。猫は充分に関心を持ってもらったと満足すると、彼の手の中から出て行った。ゲンゾウは予備の部屋のひとつに入り、そこに荷物を置いた。
ノートパソコンをセットし、充電器に携帯電話を挿しこんだ後、ゲンゾウは短パンに着替え、それから冷蔵庫に行き、コーラを手にした。それを飲みながらカウチに座る。どうやら、ついさっきまで、このカウチでセックスが行われていたようだと知り、うんざりしたような溜息をついた。今週は、自分の人生で最も長い一週間になりそうだ。
「ノボル? ねえ、まだいるの?」
アンジェラのけだるそうな声がゲンゾウのいるところまで漂ってきた。やれやれと言わんばかりにゲンゾウは頭を振った。ノボルとは、アンジェラに出発したことを伝えるという約束をしてある。たとえ退屈で甘やかしすぎだと思えても、約束した以上、伝えなければならない。
ゲンゾウは寝室へと通じる階段を登り始めたが、途中で立ち止まった。アンジェラがシーツの中、全裸になっているのを見たからである。シーツが腰のあたりまでめくれ上がっていて、彼女の肌がかなり露出していたのだった。幸い、アンジェラはゲンゾウには背中を向けていた。
ゲンゾウは足元に目を落とし、ぎこちなく咳ばらいをして、言った。
「ノボル様はすでに空港へ向かわれました。ノボル様は、あなたに個人的にさようならを言うことができず申し訳ないと伝えるよう、私に伝言を残して行かれました。あなたを眠りから起こしたくなかったからです」
アンジェラはビックリしてシーツを引っぱり上げ、身体を隠しながら、金切り声を上げた。
「何よ! ゲンゾウ! そんなふうに驚かせないでよ! もう!」
その悲鳴に、感度の良い耳を持つゲンゾウは顔をしかめた。しかも乱暴な言葉遣い! アンジェラの乱暴な言葉遣いにはいつも驚かされるゲンゾウだった。
「申し訳ありません。アンジェラ」
そう言って彼は階段を降り始めた。アンジェラは彼の背中を見ながら、いったい何が起きたんだろうと不思議に思った。
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