1週間の仕事を終えた頃、アンジェラは、実に奇妙なことだけど、ゲンゾウがいつも待合室にいることに慣れ始めているのに気づいた。そして、仕事が終わると診療室のドアを開け、彼にその日の仕事が終了したことを教えるのがルーティンとなっていた。
ふたりでコンドミニアムに戻ると、子猫たちはゲンゾウに向かってまっしぐらに駆けてくるのだった。アンジェラは、それを楽しそうに見ながら、わざと怒ったフリをして、「ちょっと、どういうこと!」と言うのである。
アンジェラは、ゲンゾウが挨拶しようと子猫を抱きあげる時、かすかに口元に笑みを浮かべるのを見逃さなかった。
「私はシャワーでも浴びてくるわよ!」 と彼女はわざとプンプン怒って言い、ゲンゾウになついてニャーニャー鳴く3匹の子猫たちに不満そうな顔を向け、バスルームに姿を消した。
バスルームのドアが閉まり、シャワーの流れる音がするのを待って、ゲンゾウはヤンを抱きあげ、愛情たっぷりにその猫に額を擦りつけた。
「カワイイ[Kawaii]、ヤンちゃん」
銀色の毛の小猫は嬉しそうにゲンゾウにからだを擦りよせ、目を閉じ、ゴロゴロと喉を鳴らした。ゲンゾウは子猫を腕に抱えキッチンに入った。他の2匹の小猫たちも期待して彼の後ろをつけた。
「腹がへってるのか?」
ゲンゾウが振り向き、そう訊くと、猫たちは声を合わせて、懇願するような鳴き声をあげ、ゲンゾウを笑わせた。
アンジェラはバスルームから出ると、ゲンゾウがソファに座って「ソウルキャリバー4」(
参考)をしているのを見た。肩にはヤンが乗っていて、鳴いている。
「へえ? あなた、ゲームをするのね?」
アンジェラはゲンゾウがテレビ・ゲームをするなんて、思ってもみなかった。
「格闘ゲームだけ」
彼は、ゲームに集中し、アンジェラのことには意識が向いてない様子で、そう答えた。意識を集中させて、額にしわを寄せている。そして、ラウンドを落としたのか、「くそ![Kso!]」と悪態をついた。
アンジェラは微笑んだ。今このひと時のゲンゾウは、ごくありふれた普通の若者と同じような口調になっている。
「私とプレーしてみる?」
「ナニ[Nani?]」
とゲンゾウは振り向いた。笑顔だった。アンジェラがゲンゾウの笑顔を見たのは、この時が初めてだった。心を和ませるような笑顔だった。
「なんでわざわざ?」
「こう見えても、私、ソウルキャリバーは得意なのよ。女だからって、図体のでかい男たちと張り合えないってわけじゃないんだから」
「よかろう。ハンデが欲しいかな?」
ゲンゾウの偉そうな態度が、アンジェラの韓国人っぽい神経の最後の一線を刺激し始めていた。彼女はキッチンに行き、酒の一升瓶と陶器の器をふたつ出し、それをゲンゾウの前にドンと置いた。
「ハンデはなし! 3回勝負で、負けた方が1杯飲む。それでどう?」
酔ったアンジェラを見れるだけでも面白いかなと思ったゲンゾウは、頷き、言った。
「イクゾ[Ikkuzo]」