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何も変わらないと言ったからと言って、実際に何も変わらないことにはならない。月曜になり、学校に行ったブランドンは、少し自信がなくなった。しかし、その感情、いや少なくともその意識はすぐに消え去った。というのも、学校の白人の男子生徒たちが全員、彼と同じような甲高い声になっていたからである。
とはいえ、女の子っぽい声ばかり聞きながら校舎の廊下を歩き、何か変な感じだった。
ロッカーのところに来た時、シンディが近寄ってきた。
「おはよう」
「やあ、おはよう」 とブランドンは答え、ちょっと間をおいて続けた。「あのね、ちょっと謝らなければいけないんだ。僕の声が変わった時、ちょっと変な振舞いをしてしまったよ。ゴメン」
「分かってたわ。でも、ちょっと良いかなとも思ってるの」
「本当?」
「ええ、セクシーだわよ。さあ行きましょ。授業に遅れちゃう」
そしてふたりは手をつなぎ、廊下を進んだ。
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「どうした、ブランドン! お前、こんなのできてたぞ!」
重たそうなバーベルを持ち上げようと頑張るブランドンを、コーチが怒鳴りつけた。だが、どんなに頑張っても持ち上げられない。とうとう(逞しい黒人の)コーチはバーベルに手を掛け、持ち上げて棚に戻した。
「どうしたんだ、ブランドン? 前には、お前がこの2倍のバーベルを上げてたのを見たぞ?」
ブランドンは肩をすくめた。「分からない。最近、あまり気分が良くないからかな」
「まあ、ちょっと休め。そうしてからだを直すんだ。大学のフットボールに備えて準備をしなくちゃいけないからな」
ブランドンは返事をしなかった。そしてコーチはぶらぶらと他へと歩き去った。
ブランドンはバーベルに目をやった。前ならアレを軽々と持ち上げられていたはず。だが、最近、どんどんパワーが減ってきている気がする。実際、体重も減ってしまった。病院にも行ったが、健康だと言う。
だが、不安は消えなかった。どんなに頑張っても、寄って立つ基盤である体力が失われつつあるような気がした。彼は溜息をつき、ロッカールームに行った。
チームメイトの大半がそこにいた。みな筋トレをし終えたばかり。ブランドンはみんなの姿を見まわした。白人のチームメイトの大半が、前より小さくなったように見えた。しっかり見ないと、簡単には気づかないが、事実はそうだった。ブランドンはそのことを頭の片隅に入れながら、シャワーの水しぶきの中にくぐりこんだ。
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だが、ますますパワーが弱まって行く。ブランドンはその事実に駆りたてられ、ネットで調査をしてみた。あの気が狂った博士が言ったことと何か関係があるかも知れない。そこで、彼の発言を検索してみた。すぐに新聞に載った彼の手紙を見つけた。それにはこう書かれてあった。
親愛なる世界の皆さん:
あまりにも長い間、我々アフリカ系アメリカ人は忍耐をし続け、世界が我々を差別することを許し続けてきた。我々はずっと忍耐を続けてきた。だが、とうとう、もはや我慢できなくなった。そこで私は我々を差別してきた皆さんを降格させることを行うことにした。初めは、皆さんは私の言うことを信じないことだろう。それは確かだ。だが、時間が経つにつれ、これが作り話ではないことを理解するはずだ。
私は、私たち人類の間の階層関係に小さな変更を加えることにした。今週初め、私は大気にある生物的作用物質を放出した。検査の結果、この作用物質はすでに世界中の大気に広がっていることが分かっている。
パニックにならないように。私は誰も殺すつもりはない。もっとも、中には殺された方がましだと思う者もいるだろうが。
この作用物質はあるひとつのことだけを行うように設計されている。それは、黒人人種が優位であることを再認識させるということだ。この化学物質は白人男性にしか影響を与えない。
それにしても、この物質はそういう抑圧者どもにどんなことをするのかとお思いだろう。この物質はいくつかのことをもたらす。その変化が起きる時間は、人によって変わるが、恒久的な変化であり、元に戻ることはできない。また純粋に身体的な変化に留まる。
1.白人男性は身体が縮小する。白人女性の身長・体重とほぼ同じ程度になるだろう。この点に関しては個々人にどのような変化が起きるかを予測する方法はほとんどないが、私が発見したところによれば、一般的な傾向として、女性として生れていたらそうなったであろう身体のサイズの範囲に収まることになるだろう(その範囲内でも、小さい方に属することになる可能性が高いが)。
2.白人男性はもともとペニスも睾丸も小さいが、身体の縮小に応じて、それらもより小さくなるだろう。
3.白人男性のアヌスはより柔軟になり、また敏感にもなる。事実上、新しい性器に変わるだろ。
4.声質はより高くなるだろう。
5.腰が膨らみ、一般に、女性の腰と同じ形に変わっていく。
6.乳首がふくらみを持ち、敏感にもなる。
7.最後に、筋肉組織が大きく減少し、皮膚と基本的な顔の形が柔らかみを帯びるようになるだろう。
基本的に、白人男性は、いわゆる男性と女性の間に位置する存在に変わる(どちらかと言えば、かなり女性に近づいた存在ではあるが)。すでに言ったように、こういう変化は恒久的で、元に戻ることはできない。(現在も未来も含め)すべての白人男性は、以上のような性質を示すことになる。
これもすでに述べたことだが、大半の人は、私が言ったことを信じないだろう。少なくとも、実際に変化が始まるまではそうだろう。もっとも変化はかなり近い時期に始まるはずだ。ともあれ、1年後か2年後には、世界はすでに変わっていることだろうし、私に言わせれば、良い方向に変わっているはずである。
親愛を込めて、
オマール・ベル博士ブランドンは何度か読み返し、その後、画面をじっと見つめ、そのメッセージを頭の中に染み込ませた。これから、こんなことが自分に起きるのか? いや、そんなことありえない。こんなことすべてできる人など、いるわけがない。
コンピュータの前に座る彼の頭の中、様々な不吉な思考が駆け巡った。