2ntブログ



新たな始まり (1) 

「新たな始まり」 A Fresh Start by Nikki J

デニスは、家の前のステップに座り、通行人たちを見ていた。通行人は多かった。大半がデニスと同じ黒人で、彼に注意を向ける者はほとんどいなかった。みんな自分のことしか頭にないのである。ステップに座る若い黒人男などこの公共団地ではありふれていて、特に注意を惹くような存在ではない。彼らの視野に入らなくて当然だった。

確かにデニスの今の状態は注意を惹くものではないかもしれない。だが、デニス自身は注意に値する存在だった。

デニスの母親はシングル・マザーである。デニスはそのひとり息子だった。父親は、彼が生まれる前に母親を置いて逃げていた。とは言え、別に彼がグレているわけではない。デニスはずっと小さいころから、最後に警察につかまったり殺されたりするのが嫌なら、きちんとした生活を送った方がよいと知っていたのである。

この公共団地に住む他の人々と比べると、デニスの肌は明るい色をしている。母からは、父親が白人だったと聞かされていた。デニスは、皮肉なことだと思ったのを覚えている。黒人男というのは親としての責任から逃げるものだというありがちの思いこみがあるが、自分の白人の父親がまさに親の責任から逃げたなんて。親としての責任から逃げるっていうのは、人種的なことというより、男の性質なんだろうなと思った。人は誰でも怖くなるものだ。だから、責任から逃避してしまうんだろう。

あまり良くない環境で育ったものの、デニスは高校を卒業し、秋から(奨学金を得て)大学に進学することになっていた。彼は、この公共団地から抜け出し、大学を無事卒業し、経済的に母親を支援できる日が来るのが待ち遠しくてたまらなかった。思い出せる限りでも、彼の母親はずっと仕事を2つ抱えて働き続けてきていた。そんな母親の姿を見てきたので、彼は一度でもいいから、自分が母親を養う立場になりたいと願っていた。

デニスは、ステップに座ったまま背筋を伸ばし、胸を張った。俺はもうすぐこの公共団地から抜け出せるんだと。

デニスがそんな思いにふけっていたとき、彼の友人のひとり、アイクが近づいてきて、声を掛けた。

「おい、どうした?」


「いや、何でも」

ふたりは雑談を交わした。アイクはデニスの小学校の頃からの親友である。最近、地元の大学の電気関係の教育課程に入ることを認められたらしい。とは言え、デニスは、アイクが進学に応募したのは、単に、デニスが進学することで周りからああだ、こうだ言われるのが嫌だったからにすぎないのではないかと思っている。アイクは教育に価値を置くタイプではないことをデニスは知っていた。実際、アイクはすでにけちな犯罪に手を染めていたし、ほんの小さなきっかけさえあれば、本物の犯罪者になる道を進むことになる人間だった。

「さっきの、糞みてえなニュース知ってるか? テロリストだか何だか知らねえが」 とアイクが訊いた。

デニスもそのニュースを聞いていた。「ああ、白人たちに何かあるとかいうヤツだろ? 全部は聞かなかったが」

「お前、ちゃんと聞くべきだったぜ。その野郎、白人男を全部、エロ女に変えるとか言ってたんだ。言い方は違うが、言ってたことはそういうことだ」

デニスはその男がベルという名前であることを覚えていた。ふたりは、そのテロリストの警告したことが実際に実現したら、どれだけ面白いことになるかと話しあった。とは言え、ふたりの会話はすぐに、その気が狂った博士とありえない計画の話しから、10代の男子のほとんどすべてが心に浮かべていることに話題が変わった。つまり、女の子についての話である。

「で、お前、ベッキーとデートに行くんだろ?」 とアイクが訊いた。「ベッキーのあの尻!……たまんねえよ」

デニスは微笑んだ。「ああ、明日の夜な」

*

[2015/07/15] 本家掲載済み作品 | トラックバック(-) | CM(0)

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する