続く2週間は、デニスにとって地獄そのものだった。最初の2日ほどはいつも通りに自分のすべきことを片付けようと頑張ったが、すぐに、どこに行っても、背後で囁き声やくすくす笑いがしていることに気がついた。最初は何が起きてるのか分からなかった。だが、やがて、あの件が噂になっていたと知る。
これまで、ペニスを見て興奮したことは一度もなかった。まったく、意味が分からなかった。
あの日、トレントの姿を見せられ、意識せず興奮してしまった。デニスは恥ずかしさのあまり、そそくさと服を整え、泣きながらベッキーの家を出たのだった。自宅に帰った彼はベッドに横たわりながら、2時間近く泣き続けた。
だが、すぐに、恥ずかしい気持ちよりも、好奇心の方が上回り、パソコンに向かい、ブラウザを開き、お気に入りのポルノサイトに行ったのである。裸の女性を見ても彼のペニスはぴくりともしなかった。デニスは、躊躇いがちに「セクシーな裸の男性」のキーワードを打ち込んだ。とたんに、まさにそのような画像が洪水のように溢れ出た。それを見つめているうちにペニスが固くなってくるのを感じた。
ということは自分はゲイなのか? そもそも、そんなふうになるのか? ある晩、女を好きな状態で眠りについて、翌朝起きたら、男が欲しくなっている? そんなの全然、正しいことには思えない。
アイクですらデニスから離れてしまった。デニスは完璧に、まぎれもなく、独りになってしまった。めったに家を出ることはなくなり、引きこもりになった。家を出るときは、ずっとうつむいたままで歩き、誰とも目を会わせないようにした。秋まで何とかやり過ごせればいいんだ。そうしたら、大学に行けるし、誰も自分の秘密を知ることはないだろうから。そうなるはずだった。彼が変化を始めなかったとしたら。
最初は、全然、大きな変化ではなかった。ただ、ちょっと乳首がかゆくなっただけだった。デニスは、湿疹か何かなんだろうと思った。だが、1週間もすると、そのかゆみは薄れ、その代わりに、あらゆる刺激に敏感に反応するように変わった。それがますます強くなっていく。左右の乳首自体ばかりか、乳輪も大きく、色が濃くなっていった。何か変なことになっていると思ったが、その考えを否定しようとした。何かアレルギー反応でも起こしてるんだと言って。
しかし、夏の盛りになったころ、もはや、変化は否定できなくなっていた。身体が小さくなっていることに気づいたのである。前なら簡単に手が届いたところに手が届かなくなっている。それに体重も落ちているのに気づいた。なんか身体が前とは……違う。
その2週間後、デニスは本格的に自分の身体を調べてみようと決めた。それまで彼は変化について考えることすら避けていたのである。まして身体を調べることなど論外だった。しかし、以前の服が全然合わなくなってることは否定できない。やっぱり本気で調べてみようと、変化を調べてみようと思ったのだった。
大学に行くまであと1ヵ月となった時、デニスは部屋の中、服を全部脱いで立った。彼の服はすべてだぶだぶになっていて、脱ぐと言っても、実質、重力に任せれば勝手に脱げ落ちると言った感じだった。
鏡の前に立ち、彼はハッと息をのんだ。自分の姿だと認識できなかったと言ってよい。こんな激しい変化を、どうしてこれまで無視できていたのだろう?
最初に目に着いたのは肌だった。白人の父をもつせいで、肌の色が彼の知ってる男たちよりも少し明るい色だった。だけど、周りから突出して目立つほどではなかったはずだ。それが今は、肌の色は明るい黒と言うよりは、むしろ、白肌が日焼けしたと言った方に近くなっていた。ラテン系人種の肌のようだ。
次に目に留まったのが、髪の毛だった。前より直毛っぽくなっているように思えた。
続いて顔に目が行った。その顔は、妹がいたらこんな顔をしているだろうと思われる顔になっていた。ごつごつした角が取れ、あごも、もはや、角ばったところはまったくなくなっていた。額も小さくなって、目が大きくなっているように見えた。端的に言って、可愛らしくなっていた。ハンサムではない。可愛いのである。女の子みたいに。
身体も縮んでいた。前は170センチはあったのに、ほぼ15センチは背が低くなっている。多分、体重も48キロくらいだろう。ただ、身体全体が変わってしまったことを除けば、体重が減ること自体は、それほど悪いことではなかったかもしれない。肩幅は狭まり、ウエストも細く、腰が広がり、お尻が丸くなっている。男性的な胴体に変わって、丸みを帯びたお腹が姿を見せていた。筋肉の盛り上がりは大半が姿を消していた。
そしてペニス。明らかに小さくなっていた。多分、前のサイズの3分の1になっているだろう。
パニックになりかかっていた。いったいどうすればいいんだ? 何かできることはないのか? 何か変な病気にかかったのだろうか? 自分は女になりつつあるのか?
ほぼ10分間、デニスは鏡を見ながら100ほどの疑問を心の中で問い続けた。その後、もっと情報が必要だと気づいた。だが、医者に行く気にはならなかった。ひとつには、こんな身体になって、極度に恥ずかしかったことがある。もうひとつには、保険に入っていないこともあった。保険に加入するお金もない。デニスは医者の代わりにインターネットに相談することにした。
ネットで見つけたことは、極めて驚きに満ちたことだった。どうやら、他の人も、ほぼ同一の症状を経験しているようだ。そして、みんな、それをオマール・ベル博士という人のせいにしている。その名前はデニスも聞いたことがあったが、どこの誰かは知らなかった。そして、デニスは、ベル博士自身によって書かれた手紙の形で、説明を得たのであった。それには次のように書かれていた。
親愛なる世界の皆さん:
あまりにも長い間、我々アフリカ系アメリカ人は忍耐をし続け、世界が我々を差別することを許し続けてきた。我々はずっと忍耐を続けてきた。だが、とうとう、もはや我慢できなくなった。そこで私は我々を差別してきた皆さんを降格させることを行うことにした。初めは、皆さんは私の言うことを信じないことだろう。それは確かだ。だが、時間が経つにつれ、これが作り話ではないことを理解するはずだ。
私は、私たち人類の間の階層関係に小さな変更を加えることにした。今週初め、私は大気にある生物的作用物質を放出した。検査の結果、この作用物質はすでに世界中の大気に広がっていることが分かっている。
パニックにならないように。私は誰も殺すつもりはない。もっとも、中には殺された方がましだと思う者もいるだろうが。
この作用物質はあるひとつのことだけを行うように設計されている。それは、黒人人種が優位であることを再認識させるということだ。この化学物質は白人男性にしか影響を与えない。
それにしても、この物質はそういう抑圧者どもにどんなことをするのかとお思いだろう。この物質はいくつかのことをもたらす。その変化が起きる時間は、人によって変わるが、恒久的な変化であり、元に戻ることはできない。また純粋に身体的な変化に留まる。
1.白人男性は身体が縮小する。白人女性の身長・体重とほぼ同じ程度になるだろう。この点に関しては個々人にどのような変化が起きるかを予測する方法はほとんどないが、私が発見したところによれば、一般的な傾向として、女性として生れていたらそうなったであろう身体のサイズの範囲に収まることになるだろう(その範囲内でも、小さい方に属することになる可能性が高いが)。
2.白人男性はもともとペニスも睾丸も小さいが、身体の縮小に応じて、それらもより小さくなるだろう。
3.白人男性のアヌスはより柔軟になり、また敏感にもなる。事実上、新しい性器に変わるだろ。
4.声質はより高くなるだろう。
5.腰が膨らみ、一般に、女性の腰と同じ形に変わっていく。
6.乳首がふくらみを持ち、敏感にもなる。
7.最後に、筋肉組織が大きく減少し、皮膚と基本的な顔の形が柔らかみを帯びるようになるだろう。
基本的に、白人男性は、いわゆる男性と女性の間に位置する存在に変わる(どちらかと言えば、かなり女性に近づいた存在ではあるが)。すでに言ったように、こういう変化は恒久的で、元に戻ることはできない。(現在も未来も含め)すべての白人男性は、以上のような性質を示すことになる。
これもすでに述べたことだが、大半の人は、私が言ったことを信じないだろう。少なくとも、実際に変化が始まるまではそうだろう。もっとも変化はかなり近い時期に始まるはずだ。ともあれ、1年後か2年後には、世界はすでに変わっていることだろうし、私に言わせれば、良い方向に変わっているはずである。
親愛を込めて、
オマール・ベル博士デニスは、意味を探ろうと、何度か読み返した。声が変化する点を除いて、この文章は彼に起きたことを完璧に記述してた。
……でも、なぜ、僕なんだ? 僕は白人ではない。異人種の両親をもつ人を何人か知ってるが、誰も僕のように変化を受けた人はいなかった。
その時、彼は曾祖母のことを思い出した。その人は白人だった。それが影響したのかと思った。とは言え、彼には、どうしてよいかアイデアはなかった。身体が変化を起こしてるのは事実だ。それに、変化が完了するまで、少なくともさらにもうふたつ、みっつの変化が起きるのだろう。この声も、いずれ変わってしまうのだろう。
将来、自分は変わっていく。この見込みに彼は恐怖を感じた。小さな恐怖どころではない。大きな恐怖だ。いま彼は、あまりに多くの点で孤独状態になっていた。友人はひとりもいなくなった。母親とも、ほとんど顔を合わせていない。彼の母親は家計を維持するため、ほとんどいつも働きに出ており、何週間も顔を合わせないこともあったのである。そして、その結果、彼と母親との関係は疎遠になっていた。もう何年も前から疎遠状態になっていた。
そんな彼に、また別の状況が発生したのである。女性化した黒人男という状況。この状況による孤独感の圧力に、デニスは押しつぶされそうになった。このような状況になった人はまれだろう。したがって、この状況には、たった一人で直面する他ない。
デニスは、あれこれ頭を悩ませたが、やがてベッドに崩れ落ち、泣き出した。
今後、何もかも変っていくだろう。だが、一番の不安は、大学に進んだ後の状態だった。これまでは、大学に進んだ後に希望を抱いていた。しかし、これだと、大学に進んだ後も、いままで通りの、「周りから目立ち、それゆえ疎外される人間」という状況は変わらないことになる。目立たないという祝福された存在になれるという最後のよりどころまでも、奪われてしまったのだ。仲間外れにされるのか?
確かに肌の色は明るい。だが、黒人であることは紛れもない。したがって、女性化した白人男性の間に紛れ込むというのも、不可能に近いだろう。一瞬、今後は女だと言い張って通そうかとも思ったが、すぐに、断念した。自分は女でもないのだ。彼の心の中の何かが、女性であると振舞うことを許そうとしなかった。自分は今後、本物の男ではなくなるだろう。だが、だからと言って、女として通そうとする気にはなれなかった。
その時、あたかも巨大な岩に打たれたかのように、デニスは自己啓示を得た。結局、自分は自分なのだ。そんな自分を人々が受け入れられなくても、だから、何だと言うんだ。
その夜、デニスは、その考えに安らぎを見い出し、眠りについた。
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