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新たな始まり (6) 

アンバーはショートパンツとタンクトップも渡し、デニスはそれを着た。

「完璧ね。見てみて」と彼女は鏡を指差した。

デニスは鏡の前に行き、自分の姿を見た。女物の服の効果は圧倒的だった。彼が予想していなかったのは確かだが、彼の身体は、端的に言って、完璧なプロポーションになっていたのである。もし、この身体に乳房がついていたら、皆がハッと目を奪われるような美しい若い女性に見えるだろう。

デニスの肩越しにアンバーが覗きこんだ。「本当に可愛いわ。しかも、お化粧もしてなくて、こんなひどいヘアスタイルをしてるというのに」

デニスは自分の髪を見た。彼は近所の人たちに顔を見られることすら恥じていたので、床屋に行くことすら避けていたので、髪がぼさぼさの伸び放題になっていた。これまでも、髪は若干長めにしていた。その方が良いと思ったから。でも今はちょっと伸び放題になっている。結果は、もじゃもじゃのアフロになっていた。

「どうしたらいいと思う? 僕はこの種のことについて経験がなくって。いつも、普通の男のような髪でいたから」

「そうねえ、髪は簡単にストレートにすることができるわよ。ヘアサロンに行って、化学的にストレートにしてもらうのを勧めるわ。でも、ヘアアイロンを使ってもできるし。それとも、そのナチュラル・ヘアのままでもいいかも。いずれにせよ、一度、スタイリストに見てもらうべきね」

デニスは考えた。前から、彼は、ストレートのヘアをした黒人女性を可愛いと思っていた。その旨をアンバーに話すと、彼女は大はしゃぎして喜び、直ちに携帯を出して、ヘアサロンに予約を入れた。

彼女が電話を切った後、デニスが言った。「あの…それより前に、ここの整理をして落ち着く必要がないかなあ」

「ナンセンス! 自分の新しい生活の準備をすることの方が、荷解きなんかよりずっと、ずっと大切よ! さあ、行きましょう。予約を入れたから」

デニスがためらってるのを見てアンバーはつけ加えた。「私のおごりよ」

デニスは微笑んだ。「ありがとう」

「全然!」 とアンバーは答えた。

*

デニスは鏡を見つめながら、絹のような髪の毛をいじっていた。スタイリストは、彼の髪をストレートにしてくれたばかりか、髪に微妙なブロンドのハイライトも加えてくれた。デニスも、この髪を素敵だと認めざるを得なかった。いや、これまでのどんなヘアスタイルより、はるかに素敵だ。女性っぽい髪としては、依然として短めで、あごの下あたりまでしかないけど、毛先のところが軽くカールしている。このヘアスタイルが何と呼ばれているか知らないが、彼は気に入っていた。

「もういじるのはやめたら?」 とアンバーは荷解きをしながら言った。

ヘアサロンに行く道中を利用して、ふたりはいろいろと話しあった。デニスは自分のことについて、どのように育ったかとか、生まれ育った集合住宅の様子のことを語った。一方のアンバーも、郊外での生活や、高校でチアリーダーをしていたことや、どうしてエンジニアになりたいと思ったかを語った。

ふたりは気があう仲間のようだった。ではあるが、デニスにとっては不思議な感じもした。思い出せる限りで言えば、これまで彼は、女の子が優しくしてくれたら、すぐに、その子が自分のガールフレンドだったらどうな感じになるのだろうと夢想し始めたものだった。だが、アンバーの場合は、そんな考えがまったく浮かんでこないのである。確かに、アンバーと一緒にするかもしれない数々のことは頭に浮かぶし、いつか変なことを言ってしまい、彼女との友情が壊れてしまうかもしれないと神経質になってはいたが、そのいずれも、まったくロマンティックなことではなかった。

「それと、自分の服が買える時まで、必要な服は何でも使っていいわよ。ただ、着た後は必ず洗濯してね。私も同じようにするから」 とアンバーは荷解きの作業から目を上げずに言った。「ちょっと大変かもしれないけど、たぶん週に2回くらい洗濯すれば、問題はないと思うわ」

「オーケー、でも、できるだけ早く何かバイトをしようと思ってるんだ」

「ええホント? どんな仕事を考えてるの?」

「まだ分からない。これまでは肉体労働のタイプの仕事しかしたことがなかった。ひと夏、倉庫で働いたことがあった。でも今は、そういう仕事はちょっと……」

「問題外?」 とアンバーがつなげた。「でも、きっと何かが見つかるわ。あなたのような可愛い子なら大丈夫。ちょっと甘えて見せたら、誰でもあなたに仕事をくれるはず」

デニスは顔を赤らめ、アンバーはアハハと笑った。

それから何分かふたりは無言で作業をしていたが、何気なくアンバーが問いかけた。

「ちょっと個人的なことを訊いてもいい?」

「もちろん」

「あのね? 私の高校にたくさん男の子たちがいたのね? 何と言うかあなたのような男の子たちのことだけど。その子たちの何人かが、変化が起きた後、何と言うか、女の子を追いかけるのをやめて、その代わりに…分かると思うけど、男を求め始めたの。……それで、あなたはどっちなのかなって……」

デニスはその質問にちょっと驚いた。アンバーは彼がためらっているのを見て、つけ加えた。「あっ、ごめんなさい。そんなこと訊くべきじゃなかったわね。私、前からずっと詮索好きで。答えなくてもいいのよ」

「いや、そういうことじゃないんだ。僕は別に怒ったとかしてないよ。だって、君はすごく僕を助けてくれたし。しかも知り合ってまだ1日だというのに、君は僕のこれまでの人生で一番の友だちになっているんだ」

アンバーは何か言おうとしたけれど、デニスは遮った。

「何と言うか、自分でも分からないというのが本当。前は女の子が大好きだったんだけど……」

そしてデニスは身の上話を始めた。ベッキーとトレントとの出来事。その時のことが噂になって広まり、仲間外れにされたこと。

「……当時は、何が起きているか誰もよく知らなかった。僕は他の点では何も変わっていなかったので、みんなは僕が突然ゲイになったとみなしたようだ。でも今は、例のウイルスだか化学物質だか何だかのせいだと知っている。それが分かっていても、自分が惹かれる相手をどうしようもできない。本当に、自分で相手を選ぶことができればと思うよ。自分では、男性が好きなのかどうか、男性と関係を持ちたいと思ってるのかどうか分からないんだ。でも、僕の身体が男性に反応するのは知っている」

アンバーは何も言わなった。彼女はデニスが座っているところに近寄り、彼を抱きしめるだけだった。

*


[2015/08/20] 本家掲載済み作品 | トラックバック(-) | CM(0)

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