その2日後、デニスは、リコという名の大柄なラテン系の男の前に座っていた。バイトの面接を受けているのである。デニスは、その面接はルックスだけで決められるのだろうと踏んでいたが、面接自体は、これまでの面接と何も変わらなかった。アンバーの助言に従って、ちょっと愛想を振りまこうとしたが、そんな技術はまだ会得していないとすぐに気がついた。男はデニスが魅力を振りまいても、ほとんど反応しなかった。
デニスは面接を終え、そのレストランを後にした。あまり期待はしていなかった。振り返り、店の看板を見た。「フーターズ」(
参考)。もちろん、あの男はデニスを雇わないだろう。デニスにはそもそも、ふさわしい資質がなかったのだ。とりあえずトライしてみるべきとのアンバーの意見に従っただけなのだ。アンバーによると、フーターズのウェイトレスは、他のレストランのウェイトレスよりはるかに高額の賃金をくれるらしい。デニスは、それに促されて応募したものの、彼には、そもそも、その仕事をする資格がない事実に目を閉ざしていたのである。
学生寮の部屋に戻った。誰もいなかった。デニスは課題をするため机に向かった。勉強を始めて1時間ほどした時、デニスの電話が鳴り、彼は電話に出た。
「もしもし?………そうです。………ええ、まだ興味があります。………もちろん。………では、明日の夜、伺います」
電話を切り、デニスはにんまりとした。フーターズに雇われたのだ! デニスはすぐにアンバーに電話し、その知らせを話した。アンバーの喜びは、デニスのそれよりも大きかった。
「お祝いをしなくちゃね。今夜はダメなの。明日、テストがふたつあるから。今週の週末はどう? ダンスに行かない?」 とアンバーが言った。
デニスは嬉しさから、ためらいすらしなかった。「ああ、良さそうだね」
*
「全米自由人権協会ACLUは、何年も前からうちをつけまわしていたんだ。うちには、ジェンダーの公平性が欠けているとね。だから、こうすれば、連中を黙らせられると期待している」
翌日、リコはデニスにそう説明した。デニスは約束の時間の15分前に来ていて、リコのオフィスに行くよう指示された。リコはデニスに衣装類を渡した。
「君のユニフォームだ。君にはホステスとして仕事を始めてもらうつもりだ。とりあえず、仕事の具合を確かめるためにな。着替えをしたら、アイリーンが君に手順を教えるだろう」
話しが終わったと察知し、デニスはオフィスからそそくさと退出し、ウェイトレスのための小さなロッカールームに入った。中に入ると、半裸状態の美しい女性が10人ほどいた。デニスは、半年前なら、この部屋に入るためにいくら払っただろうと思い、ちょっと笑ってしまった。だが、現状、彼に見えてるのは、ただの女性たちだ。友だちになるかもしれないし、あるいはライバルになるかもしれない、そんな女たち。以前とは異なり、欲望の対象としては見えなかった。
デニスは空いているロッカーを見つけ、服を脱ぎ始めた。
「あんたが、オンナ男ってわけね。えぇ?」 と黒人の女の子がデニスに声をかけた。「チップを全部かっさらうつもりなの? あたしたちから男を奪うだけじゃ、物足りないというわけ?」
「ええ、何て?」 とデニスは驚いた。
「あたしはねえ……」 と黒人女性が始めたが、背の高いブロンドの女性に遮られた。
「いいから、やめなさい、ジャッキー。彼は置かれた状況を何とかしようとしてるだけなの。ほっといてやりなさいよ」
その女性はそう言った後、デニスの方を向いた。「私はアイリーン。ジャッキーのことは気にしないで。彼女、ついこの前、彼氏がボイとベッドにいるところを見つけたのよ。だから、今はちょっと苛立ってるの」
「ああ……」 デニスにはそれしか言えなかった。
彼は渡された衣類を調べた。フーターズの白いタンクトップ、オレンジ色のショートパンツ、褐色のパンスト、白ソックス、白い靴、それに彼の名前が書かれた名札があった。
服を脱いだ後、最初にパンストから始めた。滑らかな脚に沿って巻いたストッキングを上げていき、整える。裂け目を作らずに履く方法はアンバーから教えてもらっていた。次は、ショートパンツだった。履いてみると、すごくキツイ。ピチピチだった。そしてタンクトップ。これも身体にぴっちり密着した感じだった。最後にソックスを履き、テニスシューズを履いた。
近くの鏡の前に立った。ユニフォームのすべてがピチピチなので、身体の線に関して、見たまんまであり、想像の余地はほとんどなかった。丸い腰、膨らんだ尻頬、そして、その他は引き締まった身体。それが、そのまんま、鏡に映っていた。自然と目は股間に移ったが、彼のペニスによるわずかな盛り上がりがあったものの、ほとんど気づかれないものだった。胸に目を向けると、膨らんだ乳首がはっきりと突き立っていて、薄い生地を中から押していた。概して言えば、この衣装の効果はかなりセクシーだと思った。
振り向くと、そこにはアイリーンがいてデニスを見ていた。彼女がいつからそこにいて、鏡を見つめるデニスを見ていたか、分からない。
「恥ずかしがらなくていいのよ。もし、私があなたのような身体をしていたら、あたしも見つめてしまうと思うわ」
そうアイリーンは微笑みながら言った。それを聞いてデニスは一瞬にして彼女を好きになった。アイリーンは175センチほどの長身で、きわめて大きな胸をしていた(明らかに豊胸手術を受けたと分かる)。その他の点では痩せた体形をしていた。彼女の笑顔はとても温かみがあり、人を和ませる笑顔で、デニスは彼女と一緒にいると気が休まると感じた。
アイリーンが良い人だったことは、本当に幸いであった。というのも、その後に続いた仕事がデニスにとって悪夢以外の何物でもなかったからである。ヒューヒュー声をかけられたり、言い寄られたり、身体を触られたりするのは避けられないだろうと、心の準備はしていた。だが、この仕事自体がかなり難しいことについては予想していなかったのだった。あらゆる仕事が高速回転で進行する。しかも、ホステスとしてだけで働いていても、そうなのだ。仕事の終わりになり、着替えをしながら、ここで働こうとした決心は間違っていたのではないかと思い始めていた。
「顔を上げて、胸を張りなさい、ボイさん!」
背中からアイリーンの声がした。「あなたは、私の初日よりは、ちゃんとできてたわよ。本当に。私なんか、仕事の途中から、泣きだしていたもの。あなたなら大丈夫」
彼自身、驚いたが、その言葉にデニスは本当に慰められた。あまり過酷に消耗してしまうことがない限り、この仕事が続けられるように思った。この店の喧噪状態に慣れるかどうかの問題にすぎないのだと思った。
*
その週の金曜の夜、デニスは仕事休みだった。彼はその週の金曜以外の夜は、ずっと仕事をしており、職場の狂ったような忙しさに慣れ始めてきたところだった。しかし、この日は休みを取れて、とても嬉しかったデニスである。だが、その嬉しさには、少なからず不安も混じっていた。
今夜は、アンバーがお祝いをしたいと言った夜である。つまりは、ダンスに出かけることを意味する(これは、デニスはそれまで一度も経験がなかった)。アンバーは、デニスのためにキュートで可愛い服を選んだ。タイトなパンツとタイトなオックスフォード(
参考)のブラウスである。そしてふたりは地元のクラブに出かけた。
クラブの中、どっちを見ても、ボイが男性とダンスしたり、いちゃついていたり、さらにはキスをしていたりするところが目に入った。もちろん、そうだろうなという予想はあったが、予想することと実際に目の当たりにすることは、まったく異なる。デニスは急に居心地悪くなるのを感じた。
もし誰か男が自分にキスしようとしたらどうなるだろう? 身体を触られたらどうなる? 男とダンスしなければならないのだろうか? それにダンス自体、どうなんだろう? ダンスの仕方は知っていた。女性がダンスするところも何度も見たことがある。でも、デニスは自分の能力に自信がなかった。確かに、ここ数日、職場で似たような難問に直面してきたけれど、職場では、これは仕事なんだと割り切ることができた。あのユニフォームは、ほぼ変装のような役割を果たし、遊び上手で浮気っぽい女性の仮面の下に本当の自分を隠すことができた。でも、このクラブで、ダンスフロアにいる他のボイたちを見ながら、こうして立っていると、デニスは丸裸にされてる感じがした。彼は、完全に100%自意識過剰の状態になっていた。
「リラックスすればいいの、デニス」 とアンバーが声をかけた。「あなたは、したくないことは何もする必要はないんだから」
アンバーの声で彼は我に返った。パニック状態を和らげてもらった。もちろん、アンバーの言うとおりだと思った。不安な気持ちを抑え、彼は言った。「一緒に踊ろう」
デニスはこれまでもクラブに行ったことはある。でも、あの変化の後のデニスにとって、クラブがいかに違った場所になっているかについては、どんな心の準備も可能ではなかっただろう。アンバーとダンスをしている間、ずっと、男たちの視線を感じ続けた。そして、デニスはそれが悪い気はしなかったのである。目立ちがり屋になって人の関心を惹くというたことが一度もなかったデニスだったが、この時は、気がつくと自然に、普通よりちょっとセクシーにダンスしようとしていた。そうやって積極的に男性の視線を浴びようとしていた。
わざと身体をダンス相手の男性に擦りつけたり、彼らの体格を身体で感じたり、彼らの力強い手で身体をまさぐられたり……。その夜も半ばにさしかかった頃までには、デニスも悟っていた。自分は男たちが触ってくる触り方が好きというよりも(確かに、それも好きなのだが)、それよりもむしろ、男たちから求められているという感覚の方が好きなのだと。この建物の中にいる男性のほぼ全員が自分を求めている。そう実感でき、その事実に彼は喜びを感じた。
何時間もダンスフロアで踊った後、ようやくデニスもすっかり疲れてしまった。仮に自分が求めれば、ここにいる男たちは僕を家に連れ帰るために列をなすだろうと思った。だが、デニスはアンバーとふたりっきりで寮に戻ったのだった。
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