ふたりは運が良い。ふたりとも時間が非常にフレキシブルな仕事だったからである。グレッグは医薬品のセールスマンで、クウェンティンはウェブのデザイナだった。なので、気分が高ぶった時は、そしてそういう時はよくあることではあるのだが、ふたりには、そういった衝動を満たすための自由があったのである。ふたりには良い環境だった。
グレッグが可能と思ったよりもはるかに早く、ふたりは家に到着した。急いでいたあまり、グレッグはいくつか交通法規を破った。グレッグは、自分の運転の仕方にクウェンティンが気を揉むのを知っていた。だが、ありがたいことに、この日は彼の恋人は何も言わなかった。多分、グレッグ自身と同じくらいクウェンティンも早く家に帰って始めたいと思っていたからだろう。
ふたりは文字通り、走るように家の中に入った。そしてドアを締めるとすぐに、互いの服を引きちぎるように脱がせ始めた。途中、何度も情熱的なキスを繰り返し、やがてふたりは上半身、裸になっていた。次に靴とズボンが身体から離れる。最後に、ふたりもつれ合うように寝室に向かって進みながら、互いの下着を放り投げ、寝室に入るとふたり抱き合って、ベッドへと倒れ込んだ。互いの唇を密着させたまま、互いに手で相手の逞しい筋肉質の身体をまさぐりあう。
クウェンティンがキスを解いた。そして、グレッグの胴体に沿って小さなキスを繰り返しながら、すでに勃起しているペニスへと降りていく。だが、そこにたどり着いたとき、クウェンティンは、ただ、その近くにキスをするだけにして、グレッグを焦らした。指を1本出して、軽く先端に触れ、茎にはかろうじて触れるかどうかの優しい愛撫をした。
その焦らしは、グレッグが堪らず爆発しそうになるまでしばらく続いた。そして、ようやく、クウェンティンの口がグレッグのペニスを捉え、吸い始めた。最初はゆっくりと、舌でマッサージを加えながら行い、次第にペースを速めていく。2分ほどが経ち、グレッグは射精を迎え、クウェンティンの口の中に発射し、クウェンティンはそれを嬉しそうに受けとめた。
クウェンティンは口の隅からザーメンの滴を垂らしながら、グレッグを見上げ、「今度は僕の番」と言った。
ふたりの愛の行為は、切迫した気持ちに駆られたものではあったが、落ちついた行為とも言えた。交互に順番を守りながら、相手を口で喜ばす。そして最後に、クウェンティンは四つん這いになり、シーツに顔を埋め、グレッグが後ろから彼に挿入して終わる。
これまでの数多くの愛の営みと同様、この日もふたりは、共に疲れ切るまで何時間も続けた。ふたりが知っているあらゆる体位のレパートリー(しかも、その数は多い)を次々と楽しみ、最後には共にぐったりとして終わるのである。
行為が終わり、ふたりは疲れ切ってベッドに横たわっていた。ふたりとも汗まみれで、性的満足に顔を紅潮させていた。グレッグもクウェンティンも黙ったままだった。ふたりとも一緒に寝ているだけで満足していたのである。彼らには、的外れな会話をして時間を過ごす必要がないのである。
ふたりともすっかり忘れていたことがあり、それは仕事をさぼる口実を伝えること。日常生活の問題についての心配事など、頭から消えていた。今のふたりには、愛のことと、ふたり一緒にいることの喜びしかないのである。これを幸福と、人は呼ぶかもしれない。真実の混じり気のない幸福。
*
その同じ日の夜、クウェンティンはラジオで聞いたニュースのことを思い出した。その時までは、愛欲以外のことについては、ほとんど頭になかった彼であった。だが、それが満たされた今、再び、彼の好奇心が頭をもたげ、あのテロリストの攻撃について知りたいと思ったのである。事件を起こした男はベルと言う名前だったのを思い出し、彼はコンピュータに向かい検索を始めた。
最初に出てきたいくつかは、ベル自身についての話だった。最先端の遺伝子学者であり、ノーベル賞受賞者であるという著名な立場を利用して、黒人の優位性を喧伝し、過去の差別に対して報復を求める法案(この法案は、この年、上院と下院の両方で否決されたのであるが)それを支持していることについての記事である。クウェンティンにとっては、こんなに天才的であると同時に完璧に非理性的にもなりえる人間がいることに魅惑的なものすら感じられた。
このベルという人物は、どの人種も他の人種より優れているわけではないと分かっているはずだし、ある人々に、その祖先が行ったことに対する懲罰を下すという考えは明らかに間違っていると分かっているはず。あるいは、ひょっとすると、この人は本当に分かっていないのかもしれないと、たった1年前にベル博士がおこなった熱のこもった演説のビデオを見ながら、クウェンティンは思った。明らかに、ベル博士の怒りの壁は、理性の力でも貫通できないほど強固なもののようだ。
だが、そのいずれも、問題のテロリスト攻撃が何であったかの疑問には答えていなかった。そこでさらに検索を続けた。2分ほど検索を続けると、事件の詳細について述べた記事を見つけた。それを読んでクウェンティンは言葉を失った。その記事には、ベルが報道各社に送った、彼自身による声明文の手紙も載っていた。次のような文章だった。
親愛なる世界の皆さん:
あまりにも長い間、我々アフリカ系アメリカ人は忍耐をし続け、世界が我々を差別することを許し続けてきた。我々はずっと忍耐を続けてきた。だが、とうとう、もはや我慢できなくなった。そこで私は我々を差別してきた皆さんを降格させることを行うことにした。初めは、皆さんは私の言うことを信じないことだろう。それは確かだ。だが、時間が経つにつれ、これが作り話ではないことを理解するはずだ。
私は、私たち人類の間の階層関係に小さな変更を加えることにした。今週初め、私は大気にある生物的作用物質を放出した。検査の結果、この作用物質はすでに世界中の大気に広がっていることが分かっている。
パニックにならないように。私は誰も殺すつもりはない。もっとも、中には殺された方がましだと思う者もいるだろうが。
この作用物質はあるひとつのことだけを行うように設計されている。それは、黒人人種が優位であることを再認識させるということだ。この化学物質は白人男性にしか影響を与えない。
それにしても、この物質はそういう抑圧者どもにどんなことをするのかとお思いだろう。この物質はいくつかのことをもたらす。その変化が起きる時間は、人によって変わるが、恒久的な変化であり、元に戻ることはできない。また純粋に身体的な変化に留まる。
1.白人男性は身体が縮小する。白人女性の身長・体重とほぼ同じ程度になるだろう。この点に関しては個々人にどのような変化が起きるかを予測する方法はほとんどないが、私が発見したところによれば、一般的な傾向として、女性として生れていたらそうなったであろう身体のサイズの範囲に収まることになるだろう(その範囲内でも、小さい方に属することになる可能性が高いが)。
2.白人男性はもともとペニスも睾丸も小さいが、身体の縮小に応じて、それらもより小さくなるだろう。
3.白人男性のアヌスはより柔軟になり、また敏感にもなる。事実上、新しい性器に変わるだろ。
4.声質はより高くなるだろう。
5.腰が膨らみ、一般に、女性の腰と同じ形に変わっていく。
6.乳首がふくらみを持ち、敏感にもなる。
7.最後に、筋肉組織が大きく減少し、皮膚と基本的な顔の形が柔らかみを帯びるようになるだろう。
基本的に、白人男性は、いわゆる男性と女性の間に位置する存在に変わる(どちらかと言えば、かなり女性に近づいた存在ではあるが)。すでに言ったように、こういう変化は恒久的で、元に戻ることはできない。(現在も未来も含め)すべての白人男性は、以上のような性質を示すことになる。
これもすでに述べたことだが、大半の人は、私が言ったことを信じないだろう。少なくとも、実際に変化が始まるまではそうだろう。もっとも変化はかなり近い時期に始まるはずだ。ともあれ、1年後か2年後には、世界はすでに変わっていることだろうし、私に言わせれば、良い方向に変わっているはずである。
親愛を込めて、
オマール・ベル博士
この手紙文の後には、様々な専門家による説明が続いていて、そのいずれも、このような主張の内容は不可能であり、いかなる化合物にも、こんなことは達成できないと述べていた。ある専門家は、これはできそこないのSF小説のプロットのようだとさえ言っていた。
たとえそうであっても、クウェンティンは、全世界の白人男性が女性化した場合の結果について思いをめぐらさざるを得なかった。確かに世界が変わる。しかも、小さな変化とはとても言えない、大変化だろう。自分がゲイの男として、これまでの生涯ずっと克服しようともがいてきた数々の問題は、どうなるのだろう? 自分は、そのような変化を受け入れることができるだろうか? アナルが感じやすくなるという点には、確かに、気を惹かれた。これまでもアナル・セックスを楽しんできたが、これがさらに気持ちよくなる? クウェンティンは、どんなふうになるのだろうと思い、ぶるっと身体を震わせた。
が、すぐに我に返った。これは全部ほら話だ。みんながそう言っている。こんなありえないことについて心配しても意味がない。
彼は自分の仕事に戻った。自分は誰で、どんな人間かは自分で分かっている。自分は男であり、その点はどんなことがあっても変わらないのだ、と。
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