声というのは不思議なものである。確かに、単なる声にすぎない。だが声は非常に多くのことに影響を与える。しかも、非常に繊細な影響を。心理的に見て、甲高い声というものは弱さを連想させ、その後、そのような声の持ち主を、より従属的な気持ちにさせることになるということを理解するのは難しくないだろう。
今、そのような印象のいずれも、人々の心の前面に出ているわけではない。だが、それは確かに存在しており、各人の意識から隠れたところで顔を出しているのである。そして、それゆえ、突然、非常に公の場で、非常にあからさまな形で女性性を見せざるを得ない状況に押しやられた白人男性たちの多くは、自分たちを、周囲の人々が以前とは異なったふうに扱う傾向にあることを知ったのである。白人男性は、何かの責任を持たされたり、何かをリードする立場になる可能性が少なくなっていた。たいていの場合、言葉で反論することは避けられるようになった(もっとも、逆に以前より攻撃的になるという形の補完をした者もいることにいるが)。そのように、多くの白人男性の性質が、少しずつ変化し始めたのである。
たいして大きなことではない。声というものは。だが、声は、小さな点ではあるが、強力なものでもあるのである。
白人男性のイメージが、たった1年足らずで、こうも劇的に変化してしまったことの理由として、声以外の変化にしがみつく人もいるだろう。だが、やはり、声が基本なのである。声から変化が始まった。が、声では終わらないのは確かだろう。
声が変わってから2週間後の朝だった。またシャワーを浴びていた時だった。グレッグは何か様子が変であることに気づいたのだった。陰毛が全部抜けてしまっていたのである。グレッグもクウェンティンも相手がつるつるの肌をしているのを好む。なので、ふたりは定期的に体毛を剃っていた。ただし、ふたりとも陰毛は残していた。それなのに…。
グレッグは、排水溝に毛が渦巻くのを見て、小さな悲鳴を上げた。次の変化が生じたのだと。
彼は素早く泡を流し、シャワーから出た。鏡を見て、心配したことが現実化しているのを見た。顔には、まゆ毛のほかはまるっきり体毛がなくなっていた。クウェンティンも同じ変化に直面しているだろうと思った。
ベル博士の警告が現実化しつつあるのか? そんなことがありえるのか? 政府は、ありえないと人々に言い続けている。何も心配することはないのだと。だが、グレッグは、完全に無毛になっている自分の身体を見ながら、政府は、変化しつつある世界に平穏を保つための手段を講じているにすぎないのではないかと思わざるを得ないのであった。
バスルームを出て着替えをしようとした時、クウェンティンが目を覚ました。グレッグは、この出来事のことを話し、彼に訊いた。
「どう思う?」
「この件について? 分からない。それほど大きなことでもなさそうだ。少なくとも僕たちにとっては。いや、これからは毛剃りをしなくても済むわけだろう? だったら大きなことかも」
「いや、何も体毛のことだけについて話してるわけじゃないのは知ってるだろ、クウェンティン? 他の変化についてはどうなんだろう? 例えば……」
クウェンティンは立ち上がって、先を言おうとするグレッグを遮った。
「なるようにしかならないよ。僕たちにできることは、ほとんどないんだから。そうだろ? ところで、さっきの返事はジョークだからね」
グレッグが返事しようとするのを見て、クウェンティンはさらに続けた。
「僕たちが身体から筋肉が落ちたからって、何だと言うんだ。僕たちの身体が変化したって気にするもんか。身体が変わっても、僕たちは前と同じ人間なんだから。愛しあってるふたりなんだから」
「でも僕たちのペニスは? もし……」 とグレッグは声を途切れさせた。グレッグは、声が変わって以来、ずっと、このひとつの変化について心配を続けていた。小さなペニス? クウェンティンを喜ばすことができなくなったら、どうなるのだろう? クウェンティンは僕の元を離れてしまうだろうか? あるいは、さらに悪いこととしては、クウェンティンは僕の元に留まるものの、いつも満足しておらず、不幸のままでいることになるのだろうか?
「寂しくならないと言ったらウソになると思う。でも、君に知っててほしいことだけど、僕たちが一緒にいるのは、単なるセックス以上の理由からだからね。そうだろ?」 とクウェンティンは訊いた。
グレッグは、おずおずと同意した。ちゃんとそれは分かってる。頭の中では、ちゃんと。でも、何か自分の中に、明らかに男性的な何かがあって、何ヶ月かのうちに自分が恋人を喜ばせることができなくなるかもしれない事実を認めることができないのであった。とは言え、グレッグは、自分の不能さでクウェンティンを悩ませたいとは思っていない。だからグレッグは、この手のことを考えることはやめ、心の奥底にしまいこむことにした。
「だからと言って…」とクウェンティンは、グレッグの腰からタオルを剥がしながら、続けた。「だからと言って、それまでの間も、僕たちが持ってるモノを楽しむことができないということにはならないよね」
クウェンティンの手はグレッグのペニスを探り当て、それを握り、優しく擦った。そしてグレッグをベッドへと導いた。
ベッドまで来ると、クウェンティンはグレッグを押し倒し、彼の上に覆いかぶさった。ふたりはもつれ合いながらキスを始めた。クウェンティンは股間をグレッグの勃起しつつあるペニスに擦りつけた。
そしてふたりは愛しあった。その間、心配事は一切、ふたりの頭から消えていた。ふたりだけの世界。その時、ふたりが必要としていたのは、それだけだった。
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